サウナビッチができるまで
サウナイキタイ アドベントカレンダー 2日目の記事です。
あなたはいわゆる「ビッチ」に会ったことがあるだろうか。
私はない。ないが、ビッチと称される女性の話を聞いたことがある。仮にB子としよう。
B子は美人である。“美人でビッチ”と言えば女性の敵のようなイメージがあるが、B子は違う。
若手の女子社員が男性上司Aにコテンパンに叱咤されて凹んでいると、B子がどこからともなくやってくる。そして「あら、そんなことなら早く私に言いなさいよ」と告げて去っていく。
数日後、上司Aから「この間は悪かったね」と詫びが入る。それは、まるで人が変わったような態度なのだそうである。
上司Cや先輩Dから叱られた時も同様のことが起き、ある日女子社員は悟る。B子が、その美貌とビッチたる手段を使って、上司や先輩たちの態度を変えさせているのだと。
待て。AやCやDはどんなヤツなんだ。誰でもいいのか?という疑問が沸かないではないが、話を聞いている限りでは、B子は弱きを助け強きをくじく、大変小気味のよいビッチなのである。
しかし、B子とて生まれついてのビッチではなかろう。
何が彼女をそうさせたのか。
失恋である。
若き日に、B子には真剣に想いを寄せた人がいたらしい。お付き合いをしていたのかしていなかったのか、詳しいことはわからない。が、とにかくその恋は終わり、傷つき、いつしかB子は特定のパートナーを持たず、男性達を篭絡するビッチとなっていたのである。
この話を聞いた時、雷に打たれたような衝撃を受けた。
B子、あなたは私だったのか。
自分と何の接点もなく、麒麟や一角獣のような伝説の生き物のように思っていたB子が、急に「同士」となった瞬間であった。
あなたにはホームサウナがあるだろうか。
私にはない。
ニューオープンのサウナ室の中で一緒になった方と「普段どちらに行かれているんですか?」などと会話をした際に、「近所の〇〇湯に行っています」と言われる度に、私は自分を恥じていた。
なぜ私はホームを持たないのだろう。なぜひとつのサウナで満足できないのだろう。ホームサウナを持たず、行く先々のサウナを渡り歩く。メンズサウナのレディースデーなどには目の色を変えて参戦する。
ビッチだ。サウナビッチである。
そんな自分が嫌だった。ホームサウナを持つ女性の一途さが美しく見え、羨ましかった。
しかし、B子がビッチとなった理由を聞いて、思い出したのだ。
自分にはホームがないのではない。ホームを失ったのだと。
はじめて出会ったのはいつの頃だろうか。20年ほど経っているかもしれない。その頃はサウナどころか温浴施設にも目覚めていなかったし、自分にとっては数ある施設のひとつに過ぎなかった。
が、ある日、ママ友Yが学生時代から通い続けているホームであることがわかった。共に子連れでサウナに行き、「水風呂に慣れるには手ブラのように胸を隠すと良い」などということを教わった。まだ水風呂にも目覚めていなかった私には新鮮だった。
初めてアウフグースを受けたのは別の施設であったが、私はととのう感覚を理解し、水風呂にも入れるようになった。
その後、はじめてひとりで通うようになったのも、オロポたるものをはじめて飲んだのも、ベッドやリクライナーで休むことを知ったのも、はじめてテントサウナに入ったのも、はじめてウィスクに触れたのも、はじめてよもぎ蒸しを体験したのも、はじめてサウナハットをかぶったのもこの施設だった。
湘南ひらつかグリーンサウナ太古の湯である。
心身共に疲れ果てていると、キラキラしたエリアには近づきたくない。でも、平塚駅の西口は人も少なく、ノーメイクでヨレヨレしていても気にせず歩くことができる。
そして駅から近い。方向音痴で車庫入れが苦手な自分にはもってこいのアクセスの良さである。
何度通ったことだろうか。貧乏性な自分はまとまった出費が必要な回数券を買うことが苦手で、毎回ちまちまとホームページからクーポンをダウンロードして使っていた。会員カードは持っていたのだが、回数券利用はポイントがついても、クーポン利用ではポイントはつかない仕組みだった。したがって施設の記録としては、ほんの数回しか利用したことがない幽霊会員だったことだろう。
そう、私のことなどグリーンサウナは知らない。一途に思って通っていても、存在すら気付かれない、さして重要ではない利用者だったと思う。
しかし、自分にとってのグリーンサウナの存在は大きなものだった。
疲れた心身を癒し奮い立たせてくれるのは、いつもグリーンサウナだった。
仕事と保育園のお迎えの間に1時間だけ隙間ができた時、身体を清めただけでサウナにも入らず、ベッドで仮眠を取ってエネルギーをチャージし、勢いよく起きてお迎えに行ったこともあった。
最近でこそ、温浴施設でのコワーキングは珍しくなくなったが、少なくとも7~8年前にはグリーンサウナのレストランにはWi-Fiが飛んでいて、平日にはパソコンを持ち込んで仕事をすることもあった。レストランの休憩時間になると電気が消されるのだが、スタッフさんは無料のコーヒーを飲むか聞いてくれ、休憩中もそれを飲みながらレストランにいることを許してくれた。
子供が不登校気味になった時も、仕事や宿題を持ち込んで、たびたびここで共に過ごした。グリーンサウナと言えば城門ラーメンであるが、私達親子は辛味噌炒飯がお気に入りで、偏食だった子供もぺろりと食べるのが嬉しかった。
スタッフさんのロウリュも、あのマイルドな黒い地下水の水風呂も、温度と湿度が絶妙なサウナも、常連客のおしゃべりも、煙草の煙が流れてくる露天ゾーンも、身体を包み込んでくれたベッドと毛布も、今でもはっきりと思い出せる。(感触まで思い出せる商業施設は、温浴施設以外にないのではないだろうか?)
グリーンサウナがドラマ「サ道」に登場するとのことで、脱衣室にポスターが貼られた時、その場にいる誰もが自分のことのように誇らしい顔をしていた。
まさか、それから1年もたたないうちに2度と会えなくなるなんて誰が想像しただろう。
最後に行ったのはコロナ禍の2020年3月24日だった。その後、緊急事態宣言が出され、閉館までに行くことができなかった。子供も高齢の親もおり、未知の病が怖かった。今も悔やまれてならない。
一度だけ、奇跡が起きた。
サウナ室のストーブの上に、煌びやかな光が灯った。そして、オートロウリュが発動した。サウナ室には自分ひとりだった。平日の午前中だったと思う。
帰り、興奮気味にフロントのスタッフさんに聞いた。
「あれは、いつも何時に動くんですか?!」
スタッフさんは何のことかわからないという顔をしていた。
「何か動いていましたか?サウナに光が?はあ…」
幻を見たのだろうか。しかし確かに動いていた。後で聞いたところによると、メトス社の「ウォーターセレモニー」というマシンで、すでに使用しなくなっていたらしい。この日はたまたまスイッチが作動したのであろうか。
私よりこの施設を知っている夫も、それが作動したところは見たことがないそうである。自分の中では、ネロがパトラッシュと共に最後にルーベンスの絵を見れたような奇跡が起きたように思えた。その思い出が、幽霊会員であっただろう自分が、利用者として認められた証のように今も自分を支えてくれている。
しばらくして、湘南ひらつかグリーンサウナ太古の湯の姿が東海道線の中から全く見えなくなった時、文字通りあふれる涙を止めることができなかった。
私はホームを失い、様々な施設をさまようビッチになった。
B子も同じだろう。
2度と会えない思い出の中の初恋の人を忘れられないのだ。
それでも、いつか運命の施設と巡り合い、ホームを持つことができる希望を捨ててはいない。平塚の地に新たなグリーンサウナが復活することも信じている。
そして、会ったことのない伝説のビッチ、B子の幸せを願わずにはいられないのだ。
記事を書いた人
好きなサウナ: 清潔でぬるすぎなければどんなサウナもわりと好き
プロフィール: 心のホームサウナは平塚グリーンサウナ太古の湯。 サウナデビューは子供の頃ですが、とりあえず平塚グリーンサウナに行ったことをはっきり覚えている最も古い時期で設定しています。
ビッチがゲシュタルト崩壊しそうな記事でした(褒め言葉) まさかビッチからホームサウナや恋焦がれた初恋の人やサウナの良い話になるとは思いませんでした。
感動しました🥲 私は最寄りの何の変哲もない銭湯をホームとしてますが、 ここが閉店するまでは引越さないつもりです。 最期を看取ったら、同様にサウナビッチになりそうです。 ホームを持たなくても、心の中にいつまでも想いを寄せる存在があるのも素敵な事です。
泣いた。タイトルからここまで引き込まれるとは思いませんでした。最高。
思い入れの深い施設がサウナストーブの火を消す…🥺 切ないですし、そんな施設がこれ以上出てほしくないと思っていてもその決断に至る施設は未だ出ているので悲しいですね…😢
感動した! 純一郎
仕事と保育園お迎えの間の1時間。大切な1時間。 共感しかありません😌✨
まさかのビッチ論からのグリーンサウナのギャップ。普通にグリーンサウナが懐かしい&恋しくて泣けました。ありがとうございました。
🥹
“太古の湯グリーンサウナ”の文字が出た瞬間「あっ…」となる、終わりに向かってゆく切なさがひしひしと。とても興味をそそられるエッセイで、ついつい最後まで読ませていただきました☺️
ビッチの話なのに謎の感動を感じました…!
感動して嗚咽しました。グリーンサウナ、行きたかった。一ノ瀬くんとテントサウナ入りたかった。それにしても芥川賞差し上げたいくらいの文才です。ありがとう。
受け取ってくだせぇ…😭
自分も会社帰りによく太古の湯に行ってました。
女性側にもウォーターセレモニーあったんですね。 あのUFOみたいなのはいつ動くんだろうとずっと思ってました😅今でもロッカー室の床板の感触や35℃源泉バイブラの匂い等々記憶に焼きついています。良いサウナも良い施設も沢山あるのですが今でもグリーンサウナは特別な存在です。グリーンサウナ戦士の貴重なお話を目にする事が出来て良かったです。
懐かしいなぁ…タイムトリップできるならもう一度あの浴室に行きたい✨思い出させてくれてありがとうございました❗
なるほど、ビッチに対する見方が変わります🧐。グリーンサウナは行った事ないんですが、ミドリムシで城門ラーメンは食べました。うちも子供が不登校で一緒にサウナか温浴施設いけたらと思いますが、絶対行かないんです。はぁ😔〜。
おもしろかったー
ホームサウナを失う悲しさ… 本当に想い出の場所というか、実家がなくなってしまうような悲しさが伝わりました🥲
読み応えありました。素晴らしい✨
最後まで夢中で読んでしまいました。サウナビッチというワードを見た時からホームサウナを持たない女性のお話と想像していましたが、ここまで奥が深いお話だとは想像しておりませんでした。素敵な文章をありがとう御座いました。
心の奥がキュッとしました😭 深い。。
なにげに飲み始めたら。。途中から泣いてしまった。。😭ありがとうございました。
鼻の奥が、ツンと...
全米と私が泣いた😭👍
題名からは予想もつかない素晴らしいエピソードで泣けました😭
めちゃくちゃ感動しました!
パワー系タイトルに、泣ける内容で素敵な文章でした。私もまたホームサウナを持たぬ女なので、サウナビッチと名乗っていこうと思います…。
太古の湯ゆったりできてよかったです 外気浴でアルコールを販売していたり、テントサウナもあって楽しかったです ロウリュウキングのさかぐちさんが今スカイスパで働いていますよね! スカイスパで豪快な風を受けたときは感動しました!
グリーンサウナ訪れてみたかったです。復活を夢見て参りましょう👍
なんか泣けてきちゃった😢
なるほど、ビッチの意味理解しました
サウナ愛にウルウルしちゃいました✨素敵な記事でした🥹
感動しました。素晴らしい!!
なにこれエモい(語彙力
いやぁ、いいっすね~
サブスクのサ道で知ったのですが、行きたいと思ったときは閉店してました。。残念でしたが、このステキな文面で施設を十分に想像することができました。ありがとうございます。
感銘受けました!良いサウナと出逢われることを願います✨
とても面白かったです。
引き込まれました。すごい文章力だと思います。
最後のウォーターセレモニー、そしてネロとパトラッシュの奇跡😢泣けました。 サ道でグリーンサウナの回を観たあとにGoogleで調べた時、閉業と書いてあり驚いた記憶があります。
私も今年の1月にホームサウナをなくしました😭
泣けました
泣きました😭
2日目にしてこのクォリティ!恐るべしアドベントカレンダー‼️恐るべしサウイキの民!
遅ればせながら,読ませて頂きました… もぅ,最高過ぎて何も言えません✨ (同じくグリーンサウナは永遠です笑)
B子の気持ちもK子の気持ちも、うんうんわかるよーって切なくなりました😭未来に向かって恋もサウナも楽しもう✨と思える感動のラストシーンでした🥰
読ませる文章でさすがアドベントカレンダーに立候補する方だなと思いました。私も最寄りのサウナが昨年潰れてしまって思い当たる節がありました🥲不幸中の幸いか最寄りサウナのストーブを受け継いでくれる施設があり、今はそこに行くのがお墓参りのような気持ちです。
泣いた
引き込まれました。そして感動しました。素晴らしい!
テントサウナってものがあるんだって、教えてくれた、名施設ですね。
ええ話しやなぁ〜😂
いい話でした、当たり前の日常を大事にしなきゃと思いました。
納得。。。
ホームへの愛が伝わります。 僕も引っ越して以来ホームがないので、昔かよった銭湯をとても懐かしく感じながら読ませて頂きました。 今はあちこち「サウナ探検」してる感じですね。 かっこよく言えばスナフキンみたいなもんです。