午前3時にサウナ室にいるということ
サウナイキタイ アドベントカレンダー 4日目の記事です。
人は、10代の頃に手に入れられなかったものを一生かけて追い求めるそうだ。僕の場合のそれは「夜」だったんだと、今となって思う。
地元は福岡の都心から急行で1時間。友達とようやく盛り上がるくらいの時間には、ウシガエルが待つ地元へと走る終電に乗らなければならなかった。そうして僕は知らない夜の街に憧れを抱いたまま、ある程度大人になり、夜の仕事に就き、休みの日は深夜の誰もいないサウナ室でテレビショッピングを眺める人生になってしまった。
別に何かが不安で「なってしまった」という言葉を使っているわけではない。ただ、これは盲点だったんだけど、なんと夜の仕事をしていると、夜遊べないのだ。
朝のあたたかな光の中、人々がエネルギッシュに、あるいは憂鬱そうに駅に吸い込まれていく中、僕は「さあ今日も一日頑張りましたっ!腹も減ったし、おうちに帰ってしこたま寝るぞう!」と、ご機嫌に駅前交差点を直進している。
人からしたらうらやましい話かもしれないが、考えてもみてほしい。「今日は疲れた、ジャンクなものを食べて風呂入って寝たい!」と思っても、朝マックしかない。たまごかけご飯定食しかない。そして何より、浴室が煌々と明るい。
人間も動物だ。卵を食えば目も覚めるし、明るい中でお風呂に入ったら尚のこと目も覚める。きっとこれから先、何十年この暮らしをしたってそうだろう。
だからこそ、深夜の浴室が心の底から好きになった。
「朝ウナ」という言葉がある。読んで字の如く、朝のサウナのことだ。
アドベントカレンダーまでしっかりとチェックする皆様方はご存知かもしれないが、人間の体は「交感神経」「副交感神経」のどちらを優位に持っていくかで体のモードが切り替わるそうだ。
一般的に夜寝る前のサウナは副交感神経を優位にさせたほうがいいらしく、そのために長めに体を温め冷まし、体をリラックスモードに持っていく。「朝ウナ」はその逆で、さっと温めさっと冷まし、交感神経を優位にさせることで体を戦闘モードにするのがいいそうだ。
もちろん僕だって、起きてから仕事前にサウナに行く日は多い。それは僕にとって朝ウナだ。実際のところは夕方だから「ユウナ」とでも呼ぼうかとも思ったけど、なんか女性の名前みたいでそわそわしてしまうから、この記事限りでその呼称はやめておこう。
仕事前に行くユウナ……つまるところ、まっとうな時間のサウナと、休みの日の深夜のサウナとでは、なんだか全てが圧倒的に違う。同じ施設に行ってもそう思うのは、神経の使い方もあるだろうが、昼と夜、そして夜と深夜というのは、僕たちが思っている以上に全く違うものだからだろう。
東京に出てきて10年くらいたつけど、ようやく気づいたのは「眠らない街」なんてない、ということだ。
昔の僕が知らなかった最終電車が出た後の夜の街、ことカプセルホテルがあるタイプの街は、いくらかの飲み屋とマッサージ屋とタクシー乗り場を残して眠りにつく。まだ眠れない人間たちが、そのうちのどれかに吸い込まれていく。
最後まで眠れずに残った人間が向かうのがカプセルホテルだ。そうして今夜も、午前3時を回ったというのに、サウナ室には必ず誰かがいる。
深夜の浴室は暗い。とにかく暗い。
窓があろうと無かろうと暗い。
旅行で3日くらい家を空けた後、帰って電気をつけて感じるひっそりとした雰囲気。あれがなぜか永遠かのように続く。
旅行帰りの部屋は必要以上に涼しくて、「ああ、人間っているだけで暖かいんだな」、なんて思ったりするけど、サウナ室はそんなこと関係ない。むしろ人の出入りがないから、昼より熱い。これは嘘なんだけど、サウナマットに染み込んだ汗がぶじゅぶじゅと沸騰していたりする。疑うなら見に行ってみてほしい。嘘だから。
深夜の浴室は色々なものが落ちている。タオル、ひげそり、シェービングフォームの袋、その切れ端、つめ、たまに人。寝転がっているんだ。勝手に垢すりベッドで寝ているうちはいい。普通に床に転がっている人がいる。誰も来ないと思って。でも午前3時を回ったというのに、サウナ室には必ず誰かが来る。
そういう時、「まさか死んでやいないよな」と思って、いつもより大袈裟な音を立てたりしてみるんだけど、ほんとに全員生きてる。ただ床に落ちてるってだけで。あれはやめてほしい。焦る。
わかるわかる、気持ちいいもんな。寝転びたいよな。「寝てるだけです」みたいなサウナハットかタオルでも作ってみようかな、売れるかな?
でも、午前3時を回ったというのにサウナ室にいる人間はそんなもの買わない。サウナブームなんて午前3時のサウナ室には何の関係もない。サウナイキタイもない。そこにいたくて、そこにいるわけではない。そこしかないから、そこにいる。それが午前3時のサウナ室だ。
信じられないくらい時間をかけて歯を磨くおじさん。丁寧にスキンヘッドを仕上げてはいるものの普通に血が出てるおじさん。床に転がってるおじさん。めちゃくちゃ筋トレしてるおじさん。基本的に森羅万象がおじさんではあるものの、午前3時のサウナ室は自由だ。テレビのチャンネルすら。
大体のサウナ室にあるテレビが、「チャンネルは固定とさせていただきます」だし、なんとなく昨今は「サウナは瞑想の場」みたいな考え方が広まったのもあって、「サウナにテレビはいらないよね」的空気が流れている。
でも午前3時のサウナ室には何の関係もない話だ。たとえそこにテレビがあったとして、チャンネルを変えられたとしても、午前3時のテレビは何もやってないからだ。
白が200色あって、レンガもパンも包丁で切れて、巨乳の女の子が全力で坂を走って登ったり降りたりしている。古い?
テレビを見てる人が誰もいなくても、リモコンがあって自由にチャンネルを変えられるなら、一縷の望みを託して、番組表を眺めることになる。
これが実はすごく難しい話なんだ。
テレビは耐熱ガラスケースの中に入っているから大丈夫なんだけど、リモコンは大抵外に置いてある。決死の覚悟でそれを掴んで、なかなか読み込まない番組表を待って、適切なチャンネルを選んで、リモコンを戻して、サウナに戻る。大体1分はかかる。サウナの中でノーカウントの1分があるのって、僕にはちょっと辛い。一度サウナに入ったら水風呂に入るまで出たくないし、なんかちょっぴり損した気になる。しかも結局何もやってないから、元のチャンネルにそっと戻したりする。
「ええい、ままよっ!」と、とりあえず適当なチャンネルに合わせると、昔の宗教団体が起こした大事件のドキュメンタリーで、えも言われぬ感情でサウナに入ることになったりする。そういう時に限って、外気浴中の人が戻って来てテレビを見て怪訝な顔をする。
「変えていいですか」って言うのにも、勇気がいる。「ロウリュいいですか」と言われて「どうぞ」と言うしかないように、「どうぞ」としか言いようがない。別に見たいものなんて何も無いんだから。
ロウリュは結果として気持ちいいけど、テレビは結果として何も変わらない。そんな時、「この人はなんのチャンネルに合わせるんだろう」、といつも思う。結局僕と同じでチャンネルを一周して、もとの番組に戻って、なんだかまた気まずい空気が流れる。
ただ、たまに信じられないくらいすごいチャンネル捌きをする、言うならば「テレビZ」みたいな人がいる。「変えていいですか」と問われ、「どうぞ」と答えるか答えないかのうちに、気づいたらクラシックのコンサート中継にチャンネルが合わせられていた。あれには恐れ入った。あのお兄さんは番組表を見ていたのだろうか。僕が知らないだけでレギュラー放送なんだろうか。誰も傷つけず、何も残らず、何も与えず、ただただ右から左に流れていくオーケストラの調べに、僕は圧倒されるより他なかった。
それ以来、僕はTOKYO MX2の風景と文字ニュースが流れるだけの番組を積極的に鑑賞している。何も残らず、何も与えないものを僕はそれ以外知らないからだ。
そんなこんなで、午前3時のサウナ室は、テレビがあろうとなかろうと、何も残らず、何も与えられない。「おはよう時代劇 暴れん坊将軍」が始まる頃、何も見ないまま僕はサウナ室を出る。
脱衣所に戻る頃には、朝を迎えた人たちが裸になりつつある。朝ウナ、の人たちだろう。脱衣所の僕がキリンのパンツを履いているとき、サウナのおじさんは朝もやの中でロウリュを待っている。そうして施設を出ると、東の空はもう白みがかっていて、僕は少しずつ動き始める街の中でひっそりと家路につく。
電車にせよ道路にせよ、朝の下り線はいい。せかせかと動き出して、混み合う都心に向かう道を尻目に、びゅんびゅんと進んでいくのは、少し性格が悪いかもしれないけど、ちょっとだけ気分がいい。僕が休日だから、ってのもあるかもしれない。仕事の日はそうは思えず、でろでろになって帰っているから、やっぱりサウナの後だからなんだろう。
だいたい松屋に入って、焼肉定食を食べる。どう見ても風呂上がりの顔をして、朝定食を食べる人に混じって焼肉定食を食べて寝る。
午前3時にサウナ室にいるということ。
やっぱり普通に昼に生活してる人には、少しだけハードルが高いことなのかもしれない。
いつものサウナでも、普段とちょっぴり違うサウナ室が見れる。僕が土日の夕方のサウナ室に行って「めちゃくちゃ明るいし混んでる!」と思うように。
別に有給を取ってまでやることではないのかもしれない。でも眠れない夜とか、なんだか寂しい夜には、そのことを思い出して、ちょっと遠くのサウナに出かけてみてほしい。信じられないくらい道も空いてるから、思ったより早く着く。
今夜も午前3時を回ったというのに、サウナ室には必ず誰かがいる。
とっても読み応えがありました
情景がはっきり目に浮かぶ内容で、読んでいて楽しかったです。私も深夜3時の神戸サウナに狙って行くことがあります👍深夜のサウナ面白いですよね。
ほーじ君素晴らしい👏 3月のウェルビー名駅に夜中行った事を思いだしました。あの夜中独特の淋しさと孤独感好きなんだよね。 また何処かに行ってみようかな⁈
谷川俊太郎、いいですよね。ひょっとして、タイトルも垣根涼介? 素晴らしいです。
素晴らしい。詩的です。そして私的です。早朝4時からやってるサウナに通ってますが、私的にテレビあり派ですし、すごく共感します。
文学的でありながら合間合間でクスッと笑えたりと、読み応えのある原稿でした!
午前3時なのに、至極健全で良かったです😌🍀 豊かな感性に触れられて感謝です🙏🏻
凄いね。
素晴らしい記事でした。深夜風呂や超朝風呂のあの独特な雰囲気がノスタルジックに描写されていて、サウナイキタイというより、あの時間の空気を吸いに行きたくなりました。
素敵な文章に感動しました。
不規則な仕事柄、同感。 曜日、時間帯でサウナは表情を変えますね。 素敵な文章、ありがとうございました!
僕も深夜帯のサウナ大好きです
私が20代前半の時、高校の同窓会で終電過ぎまで渋谷で飲んで、土地勘のある新宿にタクシーで行ったカプセルホテル(グリーンプラザ新宿だったか?カプセルは空いてなかったのでサウナへ)の休憩所が戦場の死体置き場のようだったことを思い出しました。 ちなみに私が現在、カプセルホテルに泊まった時の 朝ウナ時間は4時~5時の間です。
くたくたの帰りの電車、エモいエモいぞくぞく感で夢中で読みました。なんだろうこの感じ。ワタシは良い年齢ですが、家が厳しかったこともあり大人になっちゃった今も夜の世界にはワクワク感を感じます。この記事だけでワタシのそれをさらに加速されられどきどきしています。
午前3時のサウナに行きたくなりました。
日頃知ることのない世界を覗き見するような心地で読みました👀とても興味深かったです☺️
深夜の暗さ静けさ、正午前の今の私にも宿り、ホッとしてしまう、大好きすぎる文章や言葉で、なんというか、ありがとうございました🍀
めっちゃエモい
今は無き「グリーンプラザ新宿」を鮮明に思い出させてくれた良記事でした。なつかしいなぁー
感動。その一言。こんな大人になりたい。
3時のサウナに行きたくなりました
深夜のスカイスパに行きたくなりました🌃
文才があり、小説のようだ🥹
仕事終わりに楽しく拝見しました。