午前4時から始まる朝サウナ(アサウナ)
サウナイキタイアドベントカレンダー 11日目の記事です。
時々、午前3時30分に目が覚める。起きてしまったわけじゃない。明確な目的とともに布団を出る。夜が明ける前、窓ガラスからは街灯と隣のアパートメントの植栽を照らす照明だけが灯っている。
「よしっ!」
寝室で眠りについている家族を起こさないように静かに洗面台で顔を洗い着替える。
玄関に置いているリモコンキーのボタンを押すと、ガレージのシャッタがズズズ、と音を立て開いていく。125ccのバイクのトランクに、B5サイズほどのビニルバックが入っているのを確認すると、玄関から少し離れたところまで車体を押してからセルスイッチを押しエンジンをかける。
目の前には可也山の稜線がわずかに見える。まだ空も山も群青に染まった午前3時45分。向かう先は、西日本最大の歓楽街中州。24時間煌々と輝きを放ち佇んでいるオジサンの楽園「グリーンランド中州」が今日の目的地だ。
僕は時々朝サウナに向かう。
福岡県糸島市。九州大学を有する学園都市から、明治通りを海岸線沿いにひたすらバイクを走らせる。那珂川に架かる天神橋、西大橋を越え、博多川に架かる博多大橋の手前、那珂川と博多川に挟まれた文字通り“中州”に「グリーンランド中州」通称“グリナカ”は在る。
午前4時20分、駐輪所にバイクを停め博多川沿いを歩くと、数十秒で明治橋に差し掛かる。そのすぐ側に煌々と緑色の光を放つグリナカが堂々と佇んでいる。
「うぅ寒い、、、」
残暑が長引いたとはいえ、11月も下旬に差し掛かる夜明け前はさすがに冷える。自動ドアを開け、成人男性の靴が少し窮屈に収まるサイズのロッカーに下足を突っ込む。
街が眠っている午前4時30分、「おはようございます」という受付の女性に少し癒される。
「モーニングサウナでお願いします」
支払いを済ませ、下足箱のキーを渡すと、館内着とタオルの入った手提げバック、ロッカーキーを受け取る。グリナカの脱衣ロッカーは細い。余分なスペースを持たないその長方形には、潔ささえ感じる。ゆったりとしたジャージ素材で紺色のグリナカ館内着に着替えると、少し目が覚める。
身体がサウナの準備を始めている。
グリナカの館内着には左下に小さなポケットがあり、刺繍された犬のキャラクターが顔を出している。
ポケットにスマホ、手提げにはサウナハットを入れたビニルバック、館内の自販機で購入したペットボトルを詰め、階段で5階まで上る。エレベータもあるが階段を使う。一段一段上がるたびに、さっきよりも身体がサウナを受け入れる準備をしている。
「さすがにまだ眠いな」
もう若くない。睡眠時間が短ければ体調にすぐ現れる。もうそんな年齢になったのだ。
浴室エリアの正方形のロッカーに館内着と荷物を押し込む。
左手首にはサウナ用にカシオのデジタル時計。右手首にはロッカーキー。浴室に入ってすぐ右手には、ビニルバックをかけるのに具合のいいタオル掛けが並んでいる。
「こんな時間でも先客がいるな」
宿泊客だろうか、僕と同じ朝サウナ目当てだろうか、2~3人のオジサンがすでに浴室でリラックスしていた。浴室奥の壁際にL字型に配置された洗い場スペースの上部にある壁一面の窓ガラスは、まだ真っ暗で今が夜か明け方かわからなくなる。
サウナ前には頭からつま先まで全身を洗い、歯を磨き、髭を剃る。歯ブラシも剃刀もシェービングフォームもグリナカには揃っている。オジサンはここで仕事前の全ての身支度を整えることができる。
僅かでも泡が残らないように入念にシャワーを浴び、まずは“あつ湯”に浸かる。グリナカは浴槽が3つ横並びになって、左から「あつ湯」「水風呂」「ぬる湯」だ。
あつ湯は43度くらいだろうか。目を閉じお湯に包まれると、さっきまでの眠気が少し和らいでいくのを感じる。
「あぁ〜〜」
声が漏れる。オジサンは熱い湯に浸かると声が漏れる。そういうふうに遺伝子に刻まれているとさえ思う。
全身が温まったところであつ湯からあがり、タオルで水気を拭き取る。ビニルバックからサウナハットを取り出し、備え付けのサウナパンツを履き、ペットボトルのふたを開け水分をしっかりと摂る。準備はできた。まだ眠い。
いよいよだ。
サウナ室の扉に手をかける。
この最初の一歩。
サウナ室に足を踏み入れたその瞬間。
「くぅあぁ~、ふぅぅぅ、、、」
熱気が身体を纏う。サ室の最上段に腰を下ろす。身体から力が抜けていく。額に、肩に、鎖骨に、二の腕に、手のひらに、ひざに、つま先に、背中に、鮮明に熱が伝わるのがわかる。
間接照明だけの室内で時間の間隔が無くなり、サウナストーブだけが視界に入る。意識がサ室の中に溶け込んでいく錯覚に陥る。大袈裟じゃない。さっきまでとは別世界だ。
ただ熱いだけの部屋に、夜が明ける前から座っている。この異常な空間に僕は全身を預けている。
どのくらい時間が経ったのか、 まどろむ中で首筋から汗が流れだしたその刹那、サウナストーンに照明が当たる。
「オートロウリュウだ」
サウナストーブの真上から伸びているパイプから、勢いよく水が噴き出す。高温の石から蒸気が上がる音が聞こえる。耳の奥に蒸気を感じた。ロウリュウの熱波が上半身を撫で、すぐに背中まで到達する。気のせいだろうが脊髄まで熱を感じる。
今、僕は目を覚ました。
さっきまでのまどろみから意識が覚醒する。汗が噴き出す勢いが増す。12分計に目をやると、サ室に入ってから10分経っていた。
もう10分も経ったのか。一瞬だった。時間の感覚がわからなくなる。普段と違う時間に起きたせいだろうか。
サ室を出て汗を流し水風呂へ。そして深めのガーデンチェアで休憩。天井に設置された扇風機の風が一定の間隔で身体に当たるのが心地よい。眠っているのか起きているのかわからない。窓を見るとビルの輪郭が僅かに浮かび上がっていた。
数回のセットを繰り返した後には、すっかりと窓の外は朝の光に包まれており、グリナカの対面にあるローズマンションの淡いピンクの屋根もはっきりと見えてきた。
午前7時10分。普段より長い朝の時間が終わりに近づいてきた。
「腹減ったな」
朝サウナの後は普段よりお腹がすく。
着替えを済ましグリナカを出ると、街はもう動き始めていた。煌々と輝いていたグリナカも、朝の穏やかな光の中で今は静かに佇んでいる。
温まった身体には温かいものを入れたい。バイクのエンジンをかけ、向かう先は西新商店街一角。
商店街と国道をつなぐビルの隙間の路地に、一軒だけ提灯に明かりを灯している店がある。朝7時30分から暖簾を出している「鶏そば」。暖簾をくぐりカウンターのイスに腰掛ける。
「鶏そばに鰹節のトッピングと、白ご飯お願いします」
蕎麦を待つ間、サウナのことを思い出す。
今日も熱かったな。水風呂はもう少し長めがよかったかな。いつもと違うイスで休憩するのもアリだったかも。あのオジサンかけ湯せずに水風呂に入っていたな。歯磨きしながらえずいてるオジサンいたな。ぬる湯にずっとつかっているオジサンもいたな。
一日の始まりにサウナとオジサンのことを考える。
「お待たせしました。お好みで生姜使ってください」
レンゲでつゆをすする。すきっ腹に暖かい出汁のきいたつゆが浸み込む。鰹節とネギをからめて蕎麦をすする。鶏ハムをかむ。つゆを白ご飯にかけ、出汁の染みた鰹節を乗せてかっこむ。生姜を蕎麦に入れ、またつゆをすする。今何を食べているのか、体と頭がはっきりと理解している。サウナが胃を、舌を、食欲を調えてくれている。
午前8時に店を出る。
職場に向かう。
午前8時30分始業。ここから17時まではもう一日の後半戦。
いつもより少し身体が動く。
いつもより少し頭が回る。
いつもより少し気分が晴れている。
多分昼過ぎにはいつもよりだいぶ眠たくなるよな。
時々、一日をサウナから始める。
それはルーティンを崩すことだ。
それはいつもの日常を少しだけ変えることだ。
それは自分の何かを調えることだ。
僕は時々、崩して変えて調える。
記事を書いた人
好きなサウナ: サウナヨーガン福岡天神 SHIAGARU SAUNA 伊都の湯どころ グリーンランド中洲
プロフィール: 活動範囲は糸島↔天神のサウナ。 サウナバッグにはハットとマットとタオル2枚。 保冷水筒にアイスボックスとソーダ。 ペットボトル用キーホルダー。 たまにマイ館内着いれてます。
心地の良いサウナ描写の連続で癒されました😌 この時期からの朝ウナは、空気が澄んでて美味しいんですよね🤤神戸サウナに宿泊しての早朝サウナに行きたくなってきました。
早朝サウナ‼️最高です!ですが、筆者さんレベルではないので修行します笑😆
素晴らしい描写。小説を読んでいるみたいでした。 崩して変えて調えるって素敵ですね。
短編小説のような素敵な記事を有難うございました👏
素敵な文章ありがとうございます!!最高でした!!
小説を読むように一気読みしました
時間の移りゆくさま、内なる声の描写といい、追体験出来るくらいに鮮明に文章化されていて面白かったです!小説のようで読み応えありました〜🤩オジサンになってくると自分も似たような時間軸で朝ウナを偶にしますが良いですよねぇ… イトシマさん、次回作をお待ちしてます🙇
一気読みしました!
オジサンは熱い湯に浸かると声が漏れる。そういうふうに遺伝子に刻まれているとさえ思う。 に笑ってしまいました。 情景の描写が豊かで、短編ドラマを見た気になりました。いえ、ドラマにして欲しいと思いました。
ただただ羨ましい‼️来世は男に生まれて福岡で同じように朝サ活したい‼️と思いました😁 我が家の近所には朝サ活できる施設がなく、行くとしたら車でけっこう走って、6時開店のところに向かうしかないのですが、それでも早朝サ活はなんだかワクワクするし、いろいろが心身に沁みて、大好きです。
以前は休日に初電に乗ってサウナに行っていましたが、現在では朝起きるのがつらくなってw行ってません。 ただ、宿泊するときは5時スタートです!
うまい!
どうもっ初めてまして 記事の中のグリーンランドに惹かれて深く読まさせて頂いた者です 帰省した時に利用させて頂いたのがグリーンランド小倉店さんで、検索時にほ〜中洲の方にもあるのかでした でっグリなか…ふむっ…って事は、小倉店は グリこく…いあいあグリくらかなぁ〜とか考えながら、読まさせて頂きましたw 日常の中の朝ウナ会社からが後半戦w 日曜を少し変えるだけだ自分の何かをととのえる事だ にも感銘をも受けました、そして整えるを調えると書く事にも深さを感じました 小倉店さんも対応が良く そして頻繁に浴場4S←私の中では優良店判定w 設備はショボく(失礼w)老朽化は否めませんが 一旅を癒すには最高の施設さんでした 多分中洲店さんも素敵な施設さんだろうなと、思います また帰省の際機会あれば足を伸ばさせてみようかな?w
わたしはこの秋から朝ウナ始めました。 覚めきっていない頭と体がサウナと温泉で覚醒する瞬間、幸せだなぁ、今日もガンバろう!と実感できます。 とても心地よく熱のこもった記事でした😊 ありがとうございました✨
福岡が生んだ天才作家、白石一文氏のような強いテーマ性を淡々とした描写のなかに垣間見られる豊かな情感で描かれており、深い味わいでした。ありがとうございました。
素晴らしい記事でした。
情景が目に浮かぶ素敵な文章でした アサウナ行きたい
文豪ニキ
とてもほっこりしました。
読みやすい文章…なんでしょう、何か、懐かしい。沢木耕太郎の小説を読んでいるかの如きでした。
追体験出来るお話でした そして年に数回、朝サウナした追憶も出来ました またすぐに 朝サウナをしたくなる気持ちになりますね ありがとうございました
朝ウナはいいですよね。
素敵なサウナ文学でした!グリ中が気になって調べたら、犬のキャラクターもサウナ室も今年リニューアルしたのですね。長く愛される施設がこれからもおじさま方の楽園であってほしいと願うばかりです。
仕事前にサウナに行くと1日が長くそして得した気分になりますよね
仕事前にサウナ入るの憧れます…!!!✨ カンペキな1日になりますね。。。