『熱波師の仕事の流儀』の読み方
サウナイキタイ アドベントカレンダー 9日目の記事です。
サウナーヨモギダと申します。
この記事では、書籍『熱波師の仕事の流儀』について、著者が自ら解説や書評をしていきます。
読んだ人にも読んでいない人にも対応した内容です。ネタバレはほぼありません。
本の紹介
今年の9月9日に『熱波師の仕事の流儀』というタイトルの書籍をぱる出版より発売しました。全国の書店やAmazon、楽天などで購入できますので、興味を持った方はぜひ手に取ってみてください。
サウナ室で熱せられたサウナストーンに水を掛け水蒸気を発生させ、タオルで水蒸気を攪拌し風を起こして、お客さんの体感温度を上げるという職業の熱波師。「熱波師の精神性をアーカイブする」これが本書の目的です。
僕は熱波師の見える所よりも見えない所に興味がありました。熱波師は何を考え、サウナストーンに水を掛け、タオルを振っているのかにスポットを当てて取材をしています。「熱波師とは何か?」を思想の面から表象化したいという思いで7人の熱波師と1人の温浴コンサルタントに取材をして執筆しました。
書籍のカテゴリーはビジネス書です。僕個人の考えでは、ビジネス書は難しい内容を平易な言葉でわかりやすく解説するものです。読みやすい言葉で、多少の面白さを感じつつ読み進められるように執筆しました。
ただのインタビュー本にならないよう、取材した方の言葉を伝聞という形で、僕の考察や意見を混じえて書いています。
著者について
以前から僕のことを知っている人はご存じかと思いますが、僕は熱波師や熱波パフォーマンスが好きではなく、どちらかというと嫌いでした。
それどころかロウリュ自体もあまり好んでいなくて、サウナは静かに入りたいと思っています。ほぼ一定の温度、湿度を保ち続ける高温のドライサウナが好きです。
なのに「熱波甲子園」という熱波師の大会の審査員をすることになり、「アンチ熱波」的な立場で数年前から熱波師と関わりがありました。
今でも熱波師のパフォーマンスには懐疑的なスタンスですが、サウナや熱波師に対する一定の知識をもって、公平な視点で書ける条件が、偶然にも僕には備わっていました。
熱波師のパフォーマンスが好きな人が同じテーマで執筆したら、熱波師を賞賛するだけの本になってしまうと予測できます。ブームには乗らず公平な視点であることを念頭に置き、執筆をしました。
執筆のきっかけ
今年の6月初旬にぱる出版の担当者から、「本の執筆を依頼したいので会社に来て欲しい」とメールが届きました。現在はサウナブームの真っ只中、正直なところブームに乗るだけの依頼だったら断ろうと思っていました。しかしサウナの本を執筆したいという思い自体はあったので、話だけは聞いてみようと会社に伺いました。
ぱる出版はビジネス書を主に刊行している出版社です。
なかなか渋い佇まいの会議室で、担当者は熱心に熱波師本の執筆を勧めてくれました。それまでに僕が出した文章を評価してくれていることを説明してくれ、ブームに乗った内容にしないことと、熱波師の人選を僕が決めて良いことを約束してくれました。これは引き受けるしかないと執筆することにしました。
実は少し前から熱波師について何か文章にしたいと思っていました。
きっかけは昨年の11月、仲間内で行うテントサウナ会に呼んでいただいた際、現地に向かう足が無い僕を、五塔熱子さん・いしさんご夫妻が車に乗せてくれたことです。サウナや熱波師への熱い想いを車中でたくさん聞いて、とても盛り上がりました。その後すぐに、僕が月1でマスターをしているバーに熱子さんが来てくれて、さらに熱波師への想いを熱く語ってくれました。その真剣さに感銘を受け、これは微力ながら何か協力しないといけないなと思っていたのです。
執筆について
6月に依頼を受けて、9月9日に発売しました。かなり早いペースで取材執筆をしたと思います。
6月21日に熱波師の大会である熱波甲子園が行われたので、実質的にはその日から本格的に動き出し、8月初頭に入稿。編集やタイトル、装丁の決定などかなり短い期間に詰めてやりました。集中して頑張ったと自分を褒めたいです。担当者は「こんなに早くできるとは思わなかった」と言っていましたし、取材対象の皆さんからも「そんなに早く出るの!?」と驚きの声をいただきました。
仕事をしながらの執筆はなかなか大変でした。
徹夜して頑張れば何とかなるだろうみたいな甘い考えがあったのですが、そんな無茶をしても効率が上がりませんでした。執筆はほとんどホテルに籠って行いました。コロナ禍でホテルの宿泊料が安かったのはありがたかったです。作家先生が編集者から旅館に缶詰されるというエピソードをよく聞きますが、「セルフ缶詰」と勝手に命名して文豪気分を味わえたのは楽しかったです。
今回わかったことは、執筆に必要なのは充分な睡眠と栄養補給だという事です。眠いとかお腹が減ったとかネガティブなステータスになると、効率が悪くなります。それらの要因を取り除き、「自分で自分の機嫌をとる」ことが重要だと悟りました。
環境づくりも、長所より欠点を無くすことを優先させるのが良策です。
熱波師の人選
全く妥協なく、僕が知る中で本物だと思う方々を選びました。この人選には自信があります。
誰にも断られていませんし、僕が純粋に選んだ方々を取材することが出来ました。「実力、歴史、実績があること」「今後も熱波師を続けてくれそうなこと」この2点を重視しています。協力してくれた皆さまには大変感謝しております。
また、熱波師の本だからこそ、熱波の普及に努めた温浴コンサルタントの望月さんを入れて欲しいと担当者にお願いしました。僕にとって日本の熱波師をアーカイブするのに、必要な最後のピースは望月さんです。
当初の予定では大森熱狼さんは入っていませんでしたが、五塔熱子さんが「大森さんが入らないのなら自分を外して欲しい」ぐらいの勢いで猛プッシュしてきたので、担当者に相談して「ヨモギダさんの負担にならなければいいですよ」と言ってもらいました。「負担にはなりますが妥協したくないので頑張ります」と返しました。
もしこの本がサウナブームに乗じたものだとしたら、この様な人選にはならなかったでしょう。
執筆に際し著者が影響を受けている本
アナトール・フランス『エピクロスの園』
懐疑主義の作家アナトール・フランスの随筆。エピクロスといえば快楽主義の祖であるヘレニズム期の哲学者です。
僕もアナトール・フランスと同じく快楽主義を支持するエピキュリアン。何でも思い込みで信じない姿勢はこの本から学びました。芥川龍之介がこの本に感銘を受けて『侏儒の言葉』を書いた事でも有名です。
新渡戸稲造『武士道』
武士の精神性をアーカイブした世界的名著。考察の部分は熱波師版の武士道的なものにしたいと意識しましたが、自分の技量の無さで到底その域には至りませんでした。
岡倉天心『茶の本』
こちらは茶道の精神性をアーカイブした本。僕が茶道を始めるきっかけになった本です。よくある千利休賞賛ではなく、道教から茶道に繋がる思想を深く掘り下げています。無駄を削ぎ落とされた文体にとても憧れがあります。
世阿弥『風姿花伝』
能の技術や心構えについて書かれた秘伝書。芸事に関する一番大切なことを「花」に例えて書かれています。「初心忘るべからず」の言葉はあまりにも有名ですが、現在使われている意味と少し違います。これから熱波師を目指す人にぜひ読んでいただきたい一冊です。
ここから各章の解説をします。
序章
本書の目的や日本のサウナを取り巻く現在の状況について書いています。
サウナに興味がない方でも読める様に、熱波、アウフグース、ロウリュなどの違いや扇ぎ方の用語解説をしています。株式会社メトスの佐野氏に詳しい解説をお願いしました。この部分は既にサウナの知識がある方は読み飛ばしてもいいかもしれませんが、熱波師についてアーカイブする目的の本書として重要な役割の部分です。
(実は序章の前に「まえがき」があったのですが、ページの都合で序章にその一部を組み込みました。結果、はじまりがスッキリして良かったと思っています)
第1章 箸休めサトシ氏
お笑い芸人と熱波師、両方の顔を持つ箸休めサトシ氏。世界を目指すアウフグース集団APTのリーダーでもあります。
初めて見た時からインパクト抜群で印象に残っていました。熱波師として意外にも長いキャリアを持っており、そのこだわりはかなりのものです。
その割に天然でおっちょこちょいなところがあり、彼の著書『僕の墓石はサウナストーン』でお笑い芸人らしい面白エピソードやサウナへの愛が語られているので、併せて読むことをお勧めします。
第2章 レジェンドゆう氏
人気女性プロ熱波師。なんともクセが強く近寄り難いイメージがあったのですが、端々にプロフェッショナリズムを感じさせる部分があり、そのマネージメント術を中心に話を聞きました。
非常にシビアな安全管理や事前の準備は想像を大きく越えるものでした。パフォーマンス時はややハスキーな声で張り上げている印象があったのですが、普通に会話する時は落ち着いたトーンで言葉も丁寧でした。ボイスレコーダーで聞き直した時、あまりにいい声で驚きました。
第3章 渡辺純一氏
「アウフグース」という言葉をほとんどの人が知らなかった頃から活動している渡辺純一氏。日本のアウフグース創世記から現場を知る彼の言葉には歴史が感じられました。非常に落ち着いた雰囲気で安心感があり、多くの熱波師からリスペクトされているのも納得です。
コロナ禍で県外在住ということでリモートで取材をしたのですが、取材が始まる前にリモートが接続されていて、秋山温泉の支配人として従業員の方々に指示やアドバイスしている姿をこっそり覗き見してしまいました。誰にも柔和な口調で話されていて、支配人として慕われているのが伺えました。
第4章 宇田蒸気氏
サウナ愛好家として僕と旧知の仲である宇田氏。会社員兼業の熱波師代表として取材しました。フリーの熱波師や施設所属の熱波師が注目される事は多いですが、兼業の熱波師にクローズアップされるのは珍しいと思います。
達観しているとも感じられる独自の思想がとても興味深いです。ご自身の立場を弁えた発言に、奥ゆかしさや専業の熱波師に対するリスペクトが感じられました。
彼はかなりヘビーなサウナユーザーでもあり、その目線でも話を伺えたのが良かったです。
第5章 大森熱狼氏
日本初のプロ熱波師である大森熱狼氏。話すのが苦手ということでしたが、熱波師の話になると、急に饒舌になり、その想いを深いところまで聞く事ができました。職業熱波師の扉を開けた彼には秘められた情熱がありました。
とにかく人柄の良さがパフォーマンスにも現れています。先日「大サウナ博」というイベントがあったのですが、そのトークショーでも「大森さんは本当にいい人」と他の方から言われていました。もっと評価されて欲しい熱波師のひとりです。
第6章 五塔熱子氏
今年より活躍の場を首都圏から鳥取に移した、人気女性熱波師の五塔熱子氏。とても情熱的な方で、2時間の取材が終わったあと、追加でさらに2時間熱く語ってしまいました。こういう人柄が人気の秘訣なんだろうなと思います。
熱波、アウフグース、ショーアウフグースと色々なスタイルを横断し、パフォーマンスを更新し続けています。数年後にはまた違ったスタイルに進化しているのではと期待しています。
第7章 井上勝正氏
日本を代表する熱波師といっても過言ではない、井上勝正氏。
示唆に富んだ発言が多く、理解するのに時間が掛かる方だと思います。取材も一筋縄でいかないと想定し、勝負に挑む様な気持ちで臨みました。
彼の思想を哲学者ジル・ドゥルーズを引用し解説した部分は、僕の中でとても気に入っています。漫画のセリフからの引用も面白く仕上がったと思います。担当者と構成を考えた時に、熱波師の最後は彼しかいないと即決しました。
第8章 望月義尚氏
日本の熱波、ロウリュ文化の発展に尽力してきた温浴コンサルタント望月義尚氏が最後に登場します。
日本でロウリュが普及し始めた頃の話はとても興味深いものでした。良い熱波師の条件を客観的に意見してくれたのがとても参考になりました。コロナ禍で温浴業界が大変だったということもあり、業界全体の話も多く書かれています。熱波師からやや脱線した部分もありますが、個人的にどうしても入れたかったので押し通して入れました。
考察
熱波師についての考察とまとめをしています。
良い熱波師とは、良いお客さんとは、良いサウナ施設とは何か、を考察している所が肝要な部分だと思います。前の章と同じく温浴業界に触れている部分があり、自分の考えを示したい思いからやや力技になってしまいましたが、納得いくものになっています。
一番最後の「熱波師とは何か?」という項目は、取材や執筆をする前から決めていました。しっかりオチを付けて終わりたいと考えていたからです。嬉しいことに「このラストはとても良かった」と数多くの感想をいただきました。
最後に
本の解説は以上です。
繰り返しになりますが、僕は熱波師のパフォーマンスが嫌いでした。しかし嫌いでも目を背けず理解しよう努めてきた事が書籍を執筆するのに生きました。そんな最初のきっかけを作ってくれた、おふろの国の林店長に感謝いたします。
この本の裏テーマは「嫌いとどう向き合うか」なのです。僕がひとつの嫌いを克服した記録の本でもあります。
今回の執筆を通して、嫌いな事象に対してどう向き合うべきかさらに考えるようになりました。
僕は、修辞やレトリックと呼ばれる、言葉を飾る大袈裟な表現が嫌いで、そういう文章に嫌悪感がありました。「究極の」「史上最強の」「全世界が泣いた」のような表現です。故に僕の文章にレトリックはあまり登場しません。それでも世の中はそういう言葉に溢れています。一時は目を背けていましたが、嫌でも目に入ってしまい、厭世的な感情が出てきてしまった事もありました。
それではいけない、嫌いだからこそ知る必要があると思い、僕はレトリックや弁論術の本を色々読み、勉強しました。それらの本を読んでわかったのは、僕が嫌いなのは修辞やレトリックではなく、詭弁や誤謬といわれるものだということでした。詭弁や誤謬はミスリードを狙ったり、事実が捻じ曲げられた表現です。それらと混同して修辞やレトリックまで嫌いになってしまっていました。修辞やレトリックは用法、用量を守れば表現を豊かにすることが出来ます。決して悪の存在ではないと知りました。
嫌いだと思っていた修辞やレトリックの知識を得ることで、どれがレトリックでどれが詭弁かわかるようになり、表現に関する多少の善悪の判断が出来る様になりました。そして嫌いの原因が無知であったことに気付いたのです。
サウナに関していえば、修辞やレトリック、詭弁や誤謬それぞれの表現が存在しています。鵜呑みにして良い言葉と悪い言葉、しっかり判断して読めるようにしていきたいと思っています。詭弁や誤謬を論駁(間違いを指摘して攻撃すること)すべき場面もあるかもしれません。ただそうするとしても、そういうものが生まれた構造や背景を知る努力をした上で、寄り添った論駁をする必要があるでしょう。
誰にでも「好き・嫌い」はあるはずです。それは生きる上で自然なことだと思います。間違っていけないのは「好き・嫌い」は「善・悪」ではないということです。「好き=善」「嫌い=悪」という間違った考え方が横行しています。世にある人同士の分断はそういうところから始まっているのではと思います。「好き・嫌い」は主観だけで決定するものですが「善・悪」は客観性を持った判断が必要です。そこのジャッジを混同すると、独善的な考えになってしまうでしょう。
サウナが好きだから「サウナは善だ」と他人に押し付けたらそれは間違いです。例えばですが病気でサウナに入れない人や、身内がサウナで亡くなった人に対して言える言葉ではありません。全ての人にとってサウナは善ではありません。
「サウナ好きに悪い人はいない」の様な表現もよく見掛けますが、これにもやや首を傾げてしまいます。どちらもサウナが好きすぎて出た言葉であると想像はできるので、悪いとまでは断じられませんが、少し気になります。僕も以前はそれに似た表現を使っていたことがあって後悔、反省しているのです。
好きだからこそ疑うべきだし、嫌いだからこそ知るべきなのです。
最後まで読んでいただいたことに感謝いたします。
2021年12月某日 神田セントラルホテル816号室にて
サウナーヨモギダ
過剰なブームに流されないフラットな視点、共感いたします。
好き嫌いは善悪ではないの言葉グットきました、最近のサ活で騒がしい=悪みたいなコメント見ることも多いですが、コロナ禍前ならば問題にならなかったと思うと、実は少しモヤモヤしてました、確かに静かな方が良いけど自分達も環境は受け入れるべきだと思う言葉でした。
エレガント渡会さんとマグ万平さんの評論もお聞きしたいです。ミーハー?
本、読みました。私自身は有名熱波師のアウフグースを受けたことがないのですが、それでも面白かったです。各章に(良い意味で)テンションのバラツキがあるのも、「ヨモギダさんがご自分で書かれてるんだろうなあ」と好印象でした(ビジネス書はゴーストライターが書くことが珍しくないので)。あと「ここ、ちょっと直せば読みやすくなるのに」「ここは編集してあげて~!」と、ヨモギダさんでなく担当編集さんに伝えたくなる部分が多い本でもありました(スミマセン…)。
先日は大サウナ博お疲れさまでした。 サイン頂きありがとうございました。 サウナと個々の熱波師に、きちんと自分の視点で真摯に向き合う姿勢に感動しました。 だから熱波の本であると同時に、ヨモギー版彼岸過迄(夏目漱石)の印象を受け、非常に面白かったです。 これからもサウナを通した冒険を愉しみ、豊かな言葉を与えて下さい。