サウナに関する社会学及び民俗学的考察の必要性を考える
サウナイキタイ アドベントカレンダー 15日目の記事です。
ブームの裏で消えゆくもの
もともとジワジワと広がっていたサウナ熱が、昨年夏のテレビドラマ『サ道』の放映をきっかけにヒートアップした。少し前では考えられなかった事だが、入場規制がかかる施設も取り立てて珍しくなくなってきているほどの盛況ぶりだ。
そして、サウナ利用者の増加に比例してサウナに関する「情報」も、掛け流しの水風呂のごとくオーバーフローしている。このサウナが良かった、こんなサウナができる、このイベントがアツい、こんな楽しみ方が…毎日のようにアップされる情報は、もはや追いきれないほどだ。
その一方で、コロナ禍とは関係ないところでも、歴史あるサウナ施設がブームとは逆行するように次々と閉店に見舞われる、悲しいニュースが後を絶たない。何かが捻れ、偏っているような気がする。
そんな気配をうっすらと感じてはいても、魅力的なイベント、最新の設備を誇るオシャレな施設、各地で盛り上がるDIYサウナの熱いレポートなど、日々アップされるポジティブな情報を追いかけるうちに流れていってしまう、そんなようにも感じる。
今見過ごしてしまっている、でも確かにそこにある様々な事象が、気づいた時には記憶にも記録にも残っておらず、振り返ろうにも術がない――サウナブームが終わった時、そんな状況が待ち構えている気がしてならない。
発信されない情報は、残らない
なぜそんなことが気になるかと言うと、ここ2、３年のうちにサウナに関心を持ち始めた方にはピンとこないかもしれないが、サウナイキタイなどのデータベースサイトが誕生する前（その頃すでに「サウナブーム」と言われていた）においては、全国のサウナ施設のまとまった情報を扱うサイトはほぼ存在していなかった、という事が前提としてある。
ネット社会の真っ只中、飲食店、ホテル、観光地、アーティスト、芸能人、マンガ、バズりや炎上などなどあらゆるコンテンツとそれにまつわる情報が集約され共有される影で、サウナに関する情報は、無数の点としてしか存在しておらず結ぶ線がなかった状態。細々と口伝に近い形でしか流通していなかった状態が、もともとあったのだ。
実際に、たとえばサウナイキタイ以前に閉店してしまった店舗や当時の様子などを調べてみたいと思っても、ほとんど情報がない。試しに「後楽園サウナ」について検索してみてほしい。マンガ版『サ道』にも登場した有名施設にも関わらず、多少の写真が残っているくらいで、施設の全容がわかる情報などは見つからないはずだ。
小林あやなさんやタナカカツキさんなどの活動により、諸外国やフィンランドなどワールドワイドなサウナ情報にも気軽にアクセスできる現在。ましてや日本のサウナについてアクセスできない情報など、存在しないかのように錯覚してしまう。
しかし、冷静に俯瞰してみると、実際には様々な事象が未整理のまま、静かに消えていこうとしている事。わかりやすく歓迎されるわけではない、ある種”地味”な情報についてはほとんど発信されず、把握もできていない事を、改めて認識する。
たとえ「日本のサウナ史」というビッグテーマであっても、サウノロジーさんが登場するまでは、サウナスパ協会の新聞のバックナンバーを読むか、中山眞喜男先生の著作等を読んだりするしか手段がなかった。
ふだん私達はあらゆる情報に触れているようで、実はそこには偏りがある。ウケがいい、鮮度がいい、発信者のブランド力が強い…いわば”映え”る情報ばかりが発信される構造になっている。
もちろんそれは当然のメカニズムだし、それを求めているのは自分たちだけれども、その裏では、映えないゆえにスルーされ忘れ去られていく物事が、たくさんあるのではないか。
サウナに関する社会学及び民俗学的考察の必要性
もっともらしい理屈をこねくりまわしてきたけれども、要するに言いたいのはこういう事だ。
このままだと、映えない、でも確かに存在した物事が無かった事になってしまい、のちに誰かが振り返った時に、映えていた施設、イベント、情報や、「気持ち良かった」「最高」みたいな感想”だけしか”残っていない。そうなってしまう事は避けるべきじゃないかと。
（断っておくが、そうしたものを悪いと言っているわけでは全くない。私も日々映える施設、イベント、情報を楽しみ、「気持ち良かった」「最高」みたいな感想を残している。それ”だけ”で良いのか？という事だ）
ゆえに私は、僭越ながら、以下の３つの項目の必要性を訴えたい。
①サウナにまつわる情報や出来事等のアーカイブの必要性
②個々の施設や日本におけるサウナの歴史編纂の必要性
③日本のサウナを体系化し考察する必要性
自分「個人」として、微力ながらどうすればサウナに貢献できるかと考えた時、もちろん施設で働いたり、直接または間接的にお金を出すことが王道ではあると思うが、私はひとつのアプローチとして、「書いて残す」ことをしていければと思っている。
しかし、自分一人で調べ、結論を出し、文章としてまとめられる事にも限りがある。そこで、僭越ながらを重ねてしまうが、この場を借りて提案させていただきたい。
「もっともっと、サウナに関するニッチな議論を、みんなでしませんか？」
ニッチな、”映え”ないトピックであっても、みんなで語ることによってひとつのコンテンツとなり、深掘りされ、ログとして残す事ができるのではないかと思うのだ。
参考までに、長年自分の中で積み上げ課題となっているトピックの一部を紹介させていただく。
『サウナパンツ蝸牛考』
『星野リゾートのサウナ施設情報を解明する』
『なぜ日本には遠赤ストーブサウナが多いのか』
『サウナパンツ蝸牛考』
民俗学者である柳田国男が、日本全国で「蝸牛＝カタツムリ」がどんな方言で呼ばれているかを調べた著作『蝸牛考』。その「サウナパンツ」バージョンができないか。
「サウナパンツは西日本の文化」というイメージがあり、実際に”東西分け目”の関ヶ原にほど近い大垣サウナにはサウナパンツが存在する。かと思えば、より東寄りの豊橋サウナピアにもあったりして、東西の境目は未だはっきりしていない。そもそもサウナパンツが普及した歴史などもわかっていない。
ならば、サウナパンツの歴史を探るとともに、普及しているエリアや飛地となるエリアを網羅し可視化させることができれば、貴重な資料になるのではないか。しかしこれを実際にやろうとすると、中部地方や北信越エリアの温浴施設をローラー作戦する必要があり、一人では膨大な時間が必要になってしまうので、ぜひ有志を募りたい。集え、サウナ界の折口信夫たち！
『星野リゾートのサウナ施設情報を解明する』
そのまんま、星野リゾートが手がける全ての宿泊施設のサウナ情報を明らかにしたいと思っている。
というのも、星野リゾートへの宿泊を検討する際、サウナの有無やスペックがわからず、いちかばちかで宿泊するギャンブルになってしまっている状況がある（サウナ好きにとってだけだが）。
サウナイキタイにも少しずつはアップされているのだが、全容には至っていない。公式サイトでしっかり明記してくれれば良いのだけど、ブランディング的に期待薄なので、非公式だとしても情報をまとめられれば一定の需要があると睨んでいる。というか自分が知りたい。
ハイクラスなホテルサウナはたくさんあるし、なんでわざわざ星野リゾート？と思われる方もいるかもしれないが、だからこそなのだ。需要の大きさだけが価値ではない。需要が大きくないゆえに他の人がやらない事をやるというところにも、ならではの価値があるのだと考えている。こちらも協力者を募りたい。
『なぜ日本には遠赤ストーブサウナが多いのか』
愛好家の間では、「日本のサウナは遠赤ストーブのカラカラストロングが主流で、本場とは違う」といった言説がしばしば見受けられる。ひとしきり荒れた後に「好みは人それぞれなのだからとやかく言うな」に落ち着くところまでがセットの話題だが、それはまあその通りとして、個人的には「どういう経緯で日本ではそれが主流となったのか？」が常々気になっている。
しっかりと文献や識者を当たったりはできていないまでも、せっかくなので個人的な分析のさわりを述べさせていただくと、まずはやはり単純に、遠赤ストーブの初期投資費用（工事期間の短さ含む）、省スペース性、耐久性とメンテナンス性（部品の調達含む）などのメリット、平たく言えばコスパに拠るところが大きかったのではないかと考えている。
違う観点では、たとえばサウナイキタイに登録されている施設種類の内訳を見ると、総数8129件のうち「スーパー銭湯・サウナスパ施設」が3158件、「銭湯」が1319件、「ホテル・旅館」が2330件、「スポーツジム」が912件、「ゴルフ場」などその他が350件、ということになっており、そもそも日本国内でサウナがある施設の過半数近くは、いわゆる”温浴施設”ではないことがわかる。中でもサウナを売りにする「専門」施設は実感としてもさらに少ない。
ホテルや旅館であれば客室、寝具、料理などが優先になるだろうし、スポーツジムであればフィットネス器具やプール等がメインになる。銭湯だってあくまでメインはお風呂だし、限られた予算、スペース、スタッフの中で、あくまでサウナが「付帯施設」であることを考えれば、サウナ愛好家の嗜好よりもまずはコスパ基準で設備投資がなされることは当然だろう。
今のサウナブームは第三次と言われているが、第一次〜第二次の頃に建てられた施設もそろそろ数十年の月日を経んとしており、設備の入れ替えなどには巨額のお金がかかる。カラカラがいいとか悪いとか以前に、設備を新しくしたくてもできない状況にある施設が大半であるように思う。
そのような経緯を考えることなくブームだからと突然押しかけ「ここのサウナは」うんぬんと評論されてしまっては、施設の方々は戸惑うばかりではないだろうか。
かように色んな事が整理されないままブームの大波だけが押し寄せ、波が引いた後には荒れ地のみ…という事にはなってほしくないし、そうならないよう少しでもサウナのことを考えたい。雀の涙ほどの影響力だとしても、寄与できるように在りたいと思う。
ニッチを愛する者たちよ
上記に挙げたトピックはいずれも導入に過ぎず、実際の形にはできていない。このような小さなとっかかりから、ゆくゆくは日本のサウナに関する体系的な知識を整理するところまで辿り着きたいとは思っているが、個人の力では限界がある。
なにもチームで足並みを合わせて共同作業をする必要はない。ニッチを愛する者たちが、あるテーマや疑問をもとに、それぞれのアプローチをし、議論によってブラッシュアップさせることによって、多様な角度の考察が蓄積され、それが後々でも振り返ることのできる”形”となると考えている。
もし少しでも面白そうだと感じてくれる方がいれば、ぜひ一緒に探求したい。サウナには、映えることや実益的なことだけではない、面白い向き合いかたがまだまだあるということを、たくさんの人と共有できたら嬉しい。
またそんなサウナの楽しみ方が、今年のコロナ禍で生まれてしまった様々な意味での抑圧や分断、障壁を取り除くきっかけとなれば嬉しい。
2021年も、サウナ愛好家たちに幸あれ。
サウナについて知ってる事がごくごく一部の氷山の一角に過ぎないんだなぁと実感しました。個人的には70〜80年代のサウナについて興味があります。
読み応えのある内容で、興味深く読ませていただきました。
サウナから色んなことが考察できそうですよね〜♫
たいへん興味深い内容だった。
昨年のアドヴェントカレンダーでも書きました。昭和50年代関東のサウナにもサウナパンツありました。ただ、サ室で履くのでは無く館内着としてです。(パンツとバスタオルのみ)ちなみに、単にパンツと呼んでました。
最高です。
確かに最近、閉店のニュースも聞きますよね。知らずに無くなってしまうのはかなり寂しいですね。
サパンツローラー面白そう。
近場のサウナー仲間だけでなく、全国規模でサウナに対する各個人の考察が語れて、それに対して皆さんが意見できる場が有れば楽しそうですね、自分は昨今のととのいブームに一石を投じてみたいです。
民俗学ならぬ、民浴学というわけですな💡
微力ながら・・探求に参加したいです。とても興味深く2度読みしました。
文章内容非常に同意致しました。施設は個人の為にあるわけではない、施設の愛すべきポイントを見つけ出し、納得した人たちで愛でよう。愛でる人が一人でも増え、施設が継続的な経営を出来たら良いと切に願います。
俺はまだ「自分とサウナ」の狭い世界で物事を考えているんだなぁと感じました。情報の視点を増やすところから。まずはサウノロジーをしっかり読み返します!!⛄
この度のサウナブーム以前よりサウナ、銭湯に習慣的に通う者です。 私も今回のブームに対して、サウナ仲間が増えた喜びと同時に、流行りのコンテンツとして消化されていっている様にも見えてしまい、物悲しさというか、焦りを感じています。 日本のアニメが文化として根付いたのが、その文脈を紐解き説明できる人が増えたからである様に、サウナに対しても、その文化的背景や歴史の体系化は必須と考えています。 ぷいぞうさんの活動に賛同し、何か共に活動したいです。
言われてみると、北欧の館内着パンツもどことなくサウナパンツ風味ですね。 サウナパンツといい、遠赤型サウナといい、なんだか気になってきました。
硬派な文体と考察、嬉しい限りです。 発信の協力、惜しまずしていきたいと思います。
面白かった！
大変興味深い考察、拝読させていただきました。 サウナは、 疑問からはじまり、観察し、記録し、分類することからはじまる考現学の題材にピッタリですね。
(^o^)
研究部会立ち上げ→テーマごとブレスト→リサーチ、やりたいです。個人的には、女性はスチームサウナというイメージがいつどのように形成されたか、関心を寄せております。
同じくサウナの盛行を歓迎すると共に、コンテンツとして消費されつつあることに危惧を感じている者の一人です。個人的なフィンランドでの体験から、フィンランドサウナと日本のサウナを単純に比較することはもはや相応しくないのと思っています。 そうした文化的違いも含めた上で、議論する場があれば是非参加したく思いますので、その際はお声がけ頂けますと幸いです。
希薄で映えるサウナに関する情報ばかりで確かにサウナ本来の味わいなんかと不釣り合いだなと思ってます。
映えやととのいはみんなが共有できるけど、こういうテーマは愛好家ならではですよね。他者の目を気にしない、自分の熱に素直な変態サウナ紳士がもっともっと登場して欲しい。
ナイス👍