寒暖浴で歓談浴
サウナイキタイアドベントカレンダー 19日目の記事です。
私「そう言えば、誠に私事で恐縮なんだけど…。」
友人「え、なに。」
私「俺、結婚したわ。」
友人「…マジで?」
私「これがマジなんだよなぁ。」
友人「…そんな話、入って7分経過したサウナでする?」
これは都内某所の会話OKなサウナ室で実際に行われた、私と友人の会話です。通常、結婚報告をしたら相場では「おめでとう。」が返ってきますが、3セット目終盤のサウナ室でしたせいか、その通りにはいきませんでした。
その日私は、サウナ友達である彼に、自身の結婚報告をするつもりでしたが、なんだか照れ臭く、なかなか言い出せずにいました。報告のきっかけを探しているうちに、サウナのセット数は重なっていき、3セット目終盤。私はようやく決心したというより、ととのいすぎてもうなんだかどうでもよくなっていました。
歓談浴してますか?
皆さん、サウナで歓談浴してますか?
そう言われて、すんなりと「歓談浴」という言葉が頭に入っていく人などいるはずもなく、限りなく全ての人が「はぁ?」と思ったに違いありません。
それもそのはず。「歓談浴」という言葉は、私の造語です。高温のサウナとキンキンに冷えた水風呂の交互浴を楽しむ、いわゆる「寒暖浴」の一種であるサウナと、打ち解けて会話を楽しむという意味の「歓談」をかけました。
お洒落に言うと言葉遊びですが、シンプルに言うとただのダジャレです。ダジャレの説明ほどみじめなものはありませんが、話題を進めるためには致し方ないでしょう。
「歓談浴」というのは、一言で表しますと、「サウナで会話を楽しみながらととのいましょう。」ということ。現代サウナのスタンダードなスタイルである「黙浴」と対をなすように見えますが、あくまでサウナの楽しみ方の一つであり、決して対立する存在ではないと私は思っています。
本日は、こちらの記事を読んで、「歓談浴」の魅力に少しでも気づいてもらい、サウナをもっと好きになって貰えたら幸いです。
黙浴もいいよね
「黙浴」という言葉が生まれ、どれほどの時が流れたでしょうか。当初は、感染予防という明確な目的のもと、苦肉の策で提唱されましたが、日本人の性に合ったのでしょう。「黙浴」という入浴スタイルは、日本のサウナでスタンダード化し、マナーとして定着しました。
今では「黙浴」をルールとしていないサウナを探す方が難しいほどで、「黙浴」を謳っていないサウナであっても、会話をするのに周囲の目が気になるほどです。
確かに、仕事でクタクタに疲れた夜にサウナを訪れ、静かな空間で己と向き合い、行いを省みて噛み締めていると、次第にどうでもよくなり、やがてととのい椅子に横たわる肉塊でしかなくなる解放感は、何物にも代えがたいものがあります。
そういった時間は、「黙浴」という共通認識のもと、サウナーたちが作り出した静寂の空間があってこそだと、私も十分理解しているつもりです。
「黙浴」がこれほどまでにサウナ界隈に認知され、定着したのには、いくつか要因があると思います。そこには、TPOに反してサウナ室内で大騒ぎする利用者に対する不快な思いを、サウナマットを握り締めて耐えてきたサウナーたちの根深い恨みがあるのかもしれません。
ただ、そういったマナーの悪さと、「歓談浴」を一緒にされるのは、私としても本意ではありません。
「いや、黙浴もいいけど、歓談浴もいいよね。」
そう思ってもらいたいのです。
私のサウナのルーツ
歓談欲の魅力を伝えたいと思うのは、私のサウナルーツによるものかもしれません。
私がサウナに初めて入ったのは、小学校低学年の頃に父と行ったスーパー銭湯。サウナ室で記憶が汗と一緒に流れてしまったのか、どういう経緯で初めてサウナにチャレンジしたかはあまり良く覚えていません。
ある土曜の昼下がり、私はそのスーパー銭湯で、いつものように父と並んでサウナに入っていました。サウナ室内で流れるテレビを見る者、たわいもない会話を楽しむ者、彫刻のように微動だにしない安否不明の者。皆、思い思いの時間を過ごしていました。
サウナ室内のテレビに流れる大相撲の中継をなんとなく眺めながら、『今日の夕飯のおかずはなんだろう』などと考えていると、普段はお笑い番組の話や、プロ野球の話くらいしかしてこない陽気な父が、その日は妙に真剣な面持ちで言うのです。
父「学校は楽しいか。」
私「突然なに。別に楽しいよ。」
父「そうか。最近お母さん居ない日が多いけど、なにか困ってることはないか。」
私「んー別に。少し寂しいけど大丈夫だよ。」
父「お母さんも頑張ってるからみんなで助けてあげような。」
若い頃、家庭の事情で大学進学を諦めた母は、私が小学校の折り返しを過ぎようかというこの時分、通信制の大学で福祉系の資格試験の勉強に励んでおり、時折自宅不在でした。
今ならなんとなく父の気持ちがわかるような気がします。
普段面と向かって話すには少し照れ臭い、息子の心の無防備な部分に関わる話も、タオル一枚で横並びで座っているから話せたのでしょう。サウナの熱と水風呂の冷たさが、父と私の心の鎧を剥がし、解放させたのかもしれません。
その時の、少し安心したような表情で笑う、汗に濡れた父の横顔と、風呂上がりに一緒に飲んだコーヒー牛乳の味を、私は一生忘れることはないでしょう。当時の私と父にとって、サウナは本音で語れる貴重な場だったのです。これが私のサウナ原体験であり、ルーツとも言えます。
サウナでの会話
例えば助手席に誰かを乗せて、車を運転しながらたわいもない会話をしている時。例えば、緩やかな山道を誰かと一緒に会話しながら歩いてる時。「あぁこの時間なんかいいなぁ。」と思ったことはないでしょうか。
そんな感覚こそが、サウナで会話を楽しむ「歓談浴」の魅力そのものだと思っています。
腰を据えて、向かい合って、目を合わせて話すのには、ちょっと及び腰になる。だけど、別の何か目的がある中で、あまり深く考えないでできる、二の次の会話。それがとても心地よく、だからこそ話せることがあるのではないかと思うのです。
私は、「サウナでは本音で語らなくてはならない」とは思っていません。「サウナだと、頭を使わず、なんでもゆるく話せちゃうよね~ウフフッ」と思ってるだけです。
思い返してみると、サウナでの会話は「くぅ~」「かぁ~」「んふぅ~」といった意味を成さない奇声が半数ほどを占めていますよね。そういった奇声と奇声の隙間に、ポロリと人間味がこぼれる会話が生まれるような気がしてならないのです。
そうだ、フィンランドに行こう
私は、サウナで会話するのと同じくらい、人の会話に耳を傾けるのも好きです。なので、静まり返った満席のサウナ室にいると、「誰か喋ってよぉぉぉぉぉぉなぁぁぁぁぁ」と悶絶しそうになることがあります。
確かに静寂の空間で、己と向き合いたい時もあります。残念ながらマナーが悪い利用者がいることもわかっています。それでも、「本来のサウナってこうじゃなかったじゃん」と思ってしまうのです。
そんな私は、2025年の夏、サウナ発祥の国フィンランドに行ってきました。それは、自身のサウナ観に迷った私が、くたびれたサウナハットを洗濯している時に、「そうだ、フィンランドに行こう。」と使命感にも似た衝動に駆られた…ということではなく、妻に頼み込んで、新婚旅行の行き先にフィンランドをねじ込んだに過ぎません。
フィンランドでのサ活の詳細は長くなるので割愛しますが、少なくともサウナ発祥の地には「黙浴」という言葉はありませんでした。もちろん、「歓談浴」という言葉もありません。当たり前のように、各々が思い思いの方法でサウナを楽しんでいるだけでした。
世間話に興じる者(これが結構デカイ声)、静かに熱と己に向き合う者、狂ったようにロウリュする者。それぞれが、それぞれを認めて、いい距離感で、一つの空間を作っていました。一見バラバラに見えますが、
「サウナが好き」
という共通の気持ちを感じました。そんな空間を、世界でも有数のサウナ大国である日本で作れないはずがないと思っています。「サウナが好き」だという共通する思いがあれば、「黙浴」と「歓談浴」は対立するのではなく、共存することができるはずです。

寒暖浴で歓談浴
私は自分のプライベートな話を第三者にするのが苦手です。関西人がオチのない話を嫌うように、特に笑い所の無い身の上話を語ることに、どうしても抵抗があるのです。結婚報告なんてその最たるもので、「そんなもん誰が興味あんねん」と思ってしまい、友人や家族ですら報告するのに大変苦労しました。
そんな私が、友人に結婚報告をできたのは、サウナのお陰に他ならないと思っています。サウナで時間を共有することで、私と友人の心の身ぐるみが剥がされ、心と心が向き合えたのだと思っています。サウナでの「歓談浴」にはそんな不思議な力があると私は信じています。
どうでしょう。
「黙浴」もいいけど、たまには「歓談浴」もよくないですか?
気の置けない友人を誘って、してみませんか「歓談浴」。ずっと気になっていたあの話ができるかもしれません。友人の意外な一面を知ることができるかもしれません。
高温の部屋で暑さに耐えて、耐えたと思ったらすぐさまキンキンに冷えた水に浸かるという、常軌を逸した行動に魅了された者同士だからこそ、紡げる時間があるのではないでしょうか。願わくば、会話を楽しめるサウナが増えてほしいものです。
そんなことを書いていたら、私もサウナに行きたくなってきました。今日は、アイツを誘って、会話OKなあのサウナに行こうかな。久しぶりに会うから少し緊張するな。何を話そうかな。まあ、何を話すかを、サウナで話して決めればいいか。そうしよう。
それではお先に。
「寒暖浴」で「歓談浴」してきます。

寒暖浴で歓談浴、いいですね!
とても興味深く読みましたが、歓談浴はプライベートサウナか他に誰もいない時に行ってほしいです
黙浴と書いてあるポスター、最近なんだか少なくなってきてくれた気がしますね🌲
(*´∀`*)ノ サンセー
親子の会話、沁みました👏
凄く良い記事でした! 騒いだり、下品な会話じゃなければ、テレビがあるようなスパ銭のサウナで黙欲する必要ってないんですよね〜🤔 気軽で肩肘張らないサウナが好きですし、周りのおじさん達の会話、特に地方の方言で話してる会話は面白くて聞いちゃいます。 僕は基本ソロサウナですが😅 素敵な記事ありがとうございました😆
サウナ室でのおしゃべりって、なぜか弾みますよね。黙浴と明確に分けるでもなく、バランス取りながら両立させてゆくにはどうすればよいか?考え始めると、とても楽しい問いだと思いました。サ室で、気の置けない仲間とおしゃべりするテーマにしたい。素敵な問いをありがとうございました!!
サウナで気心知れた友人達との会話は楽しいですよね😚今後も歓談浴楽しんで下さい👍
黙浴も歓談浴もどちらも好きです! 両方許容できるのが日本のサウナ文化の良いところだと思っています。
銭湯で会話のラリーを聴いてると、銭湯ってそうだったよね、て思いながらラジオにしてます。そして友だちと行ったら口がゆるんじゃう気持ちも分かる。なんかしみました。
それはそれで有りかもね!
サウナ旅に行き、常連さんが方言でローカルな会話をしてるのを聞くのが醍醐味です。
!!
サウナ室で聞く大声ラジオが結構好きなので、施設オーナーがお喋りOKにしているサウナなら、歓談浴を楽しんでほしいな、と思います!