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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.07.10

1回目の訪問

東豊湯

[ 北海道 ]

初めての東豊湯。
番台におられたご年配の女性から「いらっしゃいませ〜」と優しく声をかけられ、初訪問時に特有の緊張感は吹き飛んだ。

洗身等々を終え、いざサウナ室。施設の規模に比すれば、2段のサウナ室は広いといってよいだろう。
サウナマットが敷かれているのもありがたい。見慣れたオレンジ色は目に心に優しい。

いや、1枚だけオレンジではなかった。敷き詰められたサウナマットの中に、普通のバスタオルが紛れ込んでいた。
何やらプリントされていたので、他の人がいないのをよいことにまじまじと覗き込んだ。

「2018 HOKKAIDO MARATHON FINISHER」とある。

なるほど、北海道マラソンの完走者に贈られた記念品なのだろう。一瞬「まさか番台のお婆さんが⁉︎」と思ったが、そんなはずはない。3年前もあのお婆さんはお婆さんなはずだ。
そういえば入り口に「ランナーズステーション登録店」とあったので、ランナーの常連さんや関係者から譲り受けたものなのかもしれない。

私はマラソンが嫌いだし苦手だ。元陸上部なのだが「俺、短距離なんで」をずっと言い訳にしてきた。
何を専門にしていようとも、陸上部に所属して普通に練習をしていれば長距離もそこそこ伸びるはずなのだ。しかし私は全く伸びなかった。
結果「校内マラソン大会で美術部に負けた初の陸上部員」として名を残すことになった。

J-POPの流れるサウナ室で恥ずかしい記憶が蘇った。
「Yeah! めっちゃホリディ」から「ワインレッドの心」という緩急ある繋ぎ。
一瞬「まさか番台のDJお婆⁉︎」と思ったが、そんなはずはない。有線の「ヒット歌謡チャンネル」とかなのだろう。

そろそろ出ようかなと思っていたらZARDの「負けないで」が流れ出した。
次は走って来ます。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.07.04

4回目の訪問

先のAmazonプライムデーでKindle Paperwhiteを購入したため、読書熱が高まっている。目下「新編 日本のミイラ仏をたずねて」なる一冊を読み進めているところだ。

…いや、わかっている。私だって「PDCAサイクルでみるみる業績アップ!」とか「組織が変わるコーチング!」とかを読む大人になりたかった。あるいはロックグラス片手に村上春樹を読み耽る夜が訪れて欲しかった。でも、ミイラ仏なのだ。

「ミイラ仏」とはいわゆる即身仏のことである。
言うまでもないが、即身仏になるのは相当大変だったらしい。食事や水分の制限など長い時間をかけて準備し、いよいよ身体が整ったら石や木でできた箱にひとり入るのだ。そして読経を続け、そのうちに永遠の瞑想─生物としては死─を迎えるわけである。

身に覚えがある。そう、サウナだ。
身体の準備(洗身等)をし、石や木でできた箱(サウナ室)に入り、読経(『あち〜』とか『むは〜』とか『うひ〜』とかの唸り声)を続け、永遠の瞑想(外気浴)へと至る。
サウナではミイラっぽい老人を結構見かけるが、そういうことなのだろう。

日曜昼下がりの絢ほのか。今日も仏に一歩近づけた。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.07.01

6回目の訪問

望月湯

[ 北海道 ]

先日「住みやすい街ベスト10 in 北海道」というようなネット記事を見かけたので、我が白石区は何位かなと目を通したところ、見事に圏外だった。
「この八百長野郎!どうせ電通とか博報堂が一枚噛んで変なことしてんだろ!」
一瞬だけ激しく憤ったが、すぐ冷静になり「いや妥当か」と思い直した。

私の語彙力で白石区を説明しようとすると、放送禁止用語の使用を避けることができない。そういう場所なのだ。
通算で15年ほど過ごしているが、いろんな体験をした。「郵便物が盗まれた」「一夜のうちにマンション中の表札がなくなった」「裏の小学校に通う女の子が誘拐された」「隣のアパートに住む住人が誘拐犯だった」「シャブ中のオッサンが逃走し規制線が張られまくった」などなど、大小様々なアトラクションを味わった。

言わせていただくが、白石区にだってよいところはある。信号が赤だと車は止まるし、蛇口をひねると水が出る。最高だ。
そしてもっと最高な理由は、風呂屋がたくさんあることだ。

いや、「たくさんあった」というほうが正確かもしれない。ここ1、2年ですっかり数は減ってしまった。
でも、個性豊かないくつかの風呂屋が逞しく生きながらえている。

白石区の風呂屋文化がいかに形成されて熟していったのか。理由はわからない。
わからないけれど、白石区の「陰」があったからこそ「陽」として発展したのではないかと思う。

仕事帰りにふらりと立ち寄った望月湯のサウナ室で小難しく、しかし不毛な考えを巡らせた。
嫌なこともたくさんあったけど、住めば都というではないか。
仕事帰りにふらりと立ち寄れる素敵な風呂屋がある。それ以上、何を望むのか。

望月湯があるのは豊平区。3セット目の終盤に気がついた。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.06.28

4回目の訪問

月見湯

[ 北海道 ]

週休日振替の月曜。快晴。月見湯に行かずしてどうする。

有線で「愛を語るより口づけをかわそう」が流れるなか入店。最高の滑り出しだ。
心なしかいつもより熱いサウナ室、そしていつも通りの水風呂を経て外気浴スペースへ。ビーチチェアが増えていた。

あれ、この椅子ってビーチチェアって呼び方でいいんだっけ?
もっとしっくり来る名前があったよな?
あ、わかった!リクライニングシートだ。
いや、違うか。それじゃ高速バスだ。
ああ、そうだ!今度こそわかった!デッキチェアだ!
いやいや、待てよ。デッキって「船のデッキ」ってことだろ。
じゃあ違うじゃん!ここ船じゃねえよ!
やっぱビーチチェアだな!

ここまで考えたところで意識を失った。あらゆるコンディションが最高すぎたためだ。

「月見湯は船じゃないけどビーチでもないよ!」という天の声とともに意識を取り戻した。
そうか。じゃあ何と呼べばいいんだ。疑問を抱えつつ、心身ともに超回復し帰路に着いた。

帰宅し、ラムネサワーを飲みながら月見湯のインスタを見ていたところ
「寝椅子追加しました」
とあった。

なるほど、納得も納得だ。小粋な街の銭湯に横文字は似合わない。
ビーチチェアなどと呼んだ自分を恥じ入るよりない。何がビーチだ。海なんてホッケ釣りくらいしか行かない人間が口にすべき言葉ではなかった。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.06.19

3回目の訪問

昨日、わが札幌の街中(まちなか)に熊が出た。
今回のように市街地でというのは稀だが、北海道において人間の生活圏に熊が現れること自体は決して珍しくない。

中2のときだっただろうか。放課後、部活に勤しんでいると突然の校内放送。
「えー、光が丘団地に熊が出たとの情報がありましたので、生徒の皆さんは十分に注意して直ちに下校してください」

驚きの放送だ。驚いた理由は2つ。

1 こんな身近に熊がいるなんて。
2 俺ん家、光が丘団地。

顧問に泣きつき車で送ってもらったが、家に入ったところで落ち着きはしない。
いつベランダを突き破って赤カブトが侵入してくるのか、気が気ではない。

夜もなかなか眠れなかったが、翌朝、母親から「熊、はじめからいなかったらしいよ」と衝撃の情報を得た。
聞けば、近所のババァが林の中で風に舞うゴミ袋を熊と見誤って通報したらしいとのことだった。「ババァ、俺が食い殺してやるぞコノ野郎!」と一瞬息巻いたが、グッとこらえて足取り軽く登校した。

ちなみに熊と遭遇した時に死んだフリをするのは効果がないどころか、即エサ認定されてしまい却って危ないらしい。
なので、私がヨダレを垂らして中学の思い出に浸っている南郷の湯の外気浴スペースへ熊がやってきた場合、一番で餌食になっていたことだろう。

※南郷の湯は熊が来るような危ないお風呂ではありません。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.06.14

5回目の訪問

望月湯

[ 北海道 ]

まだ6月なのに、北海道なのに、扇風機を出してしまった。クーラーのない我が家において、扇風機は最強送風兵器である。
これから気温は上昇する一方だというのに、もう最終兵器を出してしまった。大富豪の序盤で2を切ってしまったような心持ちである。

昨日、一昨日ほど暑くはなかったが、扇風機の組み立てに難儀し汗だくに。貴重な月曜有給をこれだけで終わらせてはいけない。迷わず望月湯へ。

暑い中で汗をかいたからとサウナへ行くのは、非サウナクラスタからすると理解不能な奇行だろう。しかし暑いから、汗をかいたからこそサウナなのだ。
「彼女にフラれ、『女なんてもう懲り懲りだチキショー!』というムシャクシャした気持ちを風俗で解消する」みたいなことである。

いや、みたいなことではない。今日も演歌が流れるサウナ室で下世話な例えを反省した。
テレビも話し声も一切ない小さなサウナ室、演歌の歌詞が染み入る。
「君を迎えに来たんだよ」「春まだ遠く そびえる山に 万年の雪」
名も知らぬ彼は歌う。演歌、よいかもしれない。聞き入っているとサビを迎えた。盛り上がりに盛り上がったサビは
「♪あぁ〜 キルギスの旅〜」
という一節で締めくくられた。

演歌でキルギス!みちのくとかじゃなくて!ワールドカップアジア1次予選でしか聞いたことない国!

(※調査の結果、三田りょうさんの『天山遥かに』という明後日リリースの曲のようです。あと2次予選かもです)

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.06.06

1回目の訪問

鷹の湯

[ 北海道 ]

感性や感覚は人それぞれ、自由だ。
五つ星のフレンチを食い「どん兵衛のほうがうまいわ」という人、「火垂るの墓」を観て「親戚すげー嫌な奴で草www」という人、妥当かどうかはともかく、いてよいのだ。

ここの湯が強烈に熱いという話はよく耳にしていた。
確かめるために来たわけではないが、入らないという選択肢はない。「ぬるめ」「熱め」と表示された2つの浴槽。迷うことなく後者に歩を進めた。

結果、膝下だけを4秒浸して退散することとなった。熱湯コマーシャルなら告知時間はゼロ、辺見えみりに淡々と進行されてしまうところだ。

ひとりきりのサウナ室で「熱め」に思いを巡らす。
「〜め」というのは「どちらかといえば〜」というような意味合いだろう。
「小さめ」は「どちらかといえば小さい」、「細め」は「どちらかといえば細い」、「被りめ」は「どちらかといえば被っている」という具合に。

したがって「熱め」は「どちらかといえば熱い」ということになる。
感性や感覚は自由だが、あれを「どちらかといえば熱い」とするのはさすがに間違いだろう。どちらかといえばではなく、単純かつ完全に熱い。もはや湯ではない。どちらかというとマグマだ。

というわけで、今後は「ぬるめ」「マグマめ」の表示でお願いしたい。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.05.31

4回目の訪問

望月湯

[ 北海道 ]

出勤抑制とやらで月曜なのに休み。とはいえ不要不急の外出は控えろということなので、おとなしく洗面所の掃除なんぞに勤しんでいた。
激落ちくんで洗面台をこすりながら思う。そもそも不要不急とはなんぞや。

おばあちゃんが危篤!→不要不急でない。
近所のパチンコ屋に哀川翔が来る!→不要不急。
アンパンマンが大ピンチ!→ジャムおじさんは不要不急でないが、他の人間は要審議。

判断は各々の価値観やライフスタイルに依るしかない。
おばあちゃんが危篤でも家にいるべきという考えの人だっているかもしれないし、哀川翔のファンだっているかもしれない。

サウナは不要不急か。
私に「サウナがないと生きていけない!不要不急なんかじゃない!」と言い切れるほどの矜持はない。
なので、洗面所の掃除を終え、暇を持て余して望月湯に足を運んだ私は、お上のお達しを破ったレジスタンスとして近いうちに反逆罪で死刑になるだろう。

月曜真昼間の望月湯は老若男女、いや老男で賑わっていた。「お前らも死刑だからな、がっはっは!」と一瞬思ってしまった。
愛すべき先輩方の目は優しい。レジスタンスのそれではない。彼らは反逆者を無理に気取った私の味方ではないし、故に真の敵ではないだろう。
そんな優しさに晒され、もしかしたら銭湯って不要不急ではない場所なのかもなと思った。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.05.15

1回目の訪問

大豊湯

[ 北海道 ]

40年近く生きてきたが、まだ経験していないことは当然たくさんある。フルマラソン、バンジージャンプ、出家、亡命、3P…。

明日わが街に何かが宣言されるというニュースを見ていて思った。「俺、宣言したことないな」と。
いや、他人が宣言しているのを見たこともない。そもそも宣言とは何だ。宣言という言葉で想起されるのはポツダム宣言、ゴーマニズム宣言、非実力派宣言くらいだ(次点でウンナン世界征服宣言)

初めての大豊湯。人は少ない。初めて故、これがいつも通りなのかどうかはわからない。テレビのないサウナ室は、扉を開いた瞬間に顔をしかめるくらい暑かった。出入りが少ないことと無関係ではないだろう。

今日と明日の違いは、宣言前か後かというタームの違いだけだ。諸々のリスクはそう変わらないだろう。
なので、宣言前にと大豊湯へ駆け込んだ私の判断と行動は誉められたものではない。そんな人間が偉そうに何かを宣言するなんて、これまでもこれからもあるわけはないのだ。

浴後の脱衣場。視線を上に向けると「万歳、我らサウナ党」との書が掲げられていた。これは、宣言だ。
許されるなら私も「我らサウナ党」と宣言し、入党させていただきたい。いや、この場合は入党でなく入湯というべきだろうか(大満足&ほろ酔い)

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.05.11

2回目の訪問

共栄湯

[ 北海道 ]

「アスパラの天ぷらが2割引だと風呂屋が儲かる」
令和に新しい諺が誕生した。

15時頃から異常に腹が空いていたため、終業と同時に「とっとと帰ってメシ食って寝よう!」と職場を飛び出した。
近所のスーパーに立ち寄ると「今が旬!」というシールの貼られたアスパラの天ぷらが売られていた。美味そうだ。とんでもなく美味そうだ。しかも2割引になっている。隣で売られていた寿司9貫(半額)とともに買い物かごへ。

アスパラに寿司とは、北海道にやって来た観光客がホテルのバイキングで食いそうな組み合わせだが、地産地消だ。割引シール優先で買ったわけでは決してない。

家へと着いた頃、空腹度は絶頂を迎えていた。トルネコなら死んでいる。
しかしどういうわけか「どうせなら少しでも美味しく食べたい」と思った。思ってしまった。

気がつけば共栄湯。サウナ後のメシは美味い、という言説を胸にやって来た。

共栄湯のサウナにはテレビが設られている。立派な彫り物を背負った面々と視線を向けたテレビでは「オモウマい店」と称して激安の唐揚げやらカレーやらを供する店が紹介されていた。超絶空腹状態の私にとってはもはやAVである。刺激が強過ぎる。

帰り道、レモンサワーとハイボールを手に入れ、アスパラちゃんの待つ我が家へ。

顎が及ばずアスパラは衣からすっぽ抜けたが、信じられないくらい美味かった。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.05.08

3回目の訪問

月見湯

[ 北海道 ]

浴場内の新調された休憩椅子で「そろそろ出よっかな〜」などと考えていたその刹那、急激な腹痛に襲われた。「出よっかな〜」ではない。「出ろ」だ。

脱衣場で迅速かつ丁寧に身体を拭き取り、そのままトイレへ。何度も月見湯へは来ているが、トイレに入るのは初めてだ。だが、そんなことはどうでもよい。

椅子で恍惚の表情を浮かべていた男が数分後にトイレで苦悶の表情とは、こんなに情けないことがあるだろうか。そして全裸であることが情けなさに拍車をかける。有線ではクリスタルキングの大都会が流れ始めた。「あ〜〜ああぁ〜」と叫びたいのはこっちだ。

「どうして俺がこんな目に…」とぶつけどころのない怒りも湧いてきた。正直に言うと怒りのぶつけどころは割と明白で、入浴直前に山岡家でネギ味噌ラーメンへにんにくを山ほどブチ込んで一気食いした自分である。

しばし項垂れていたが、ずっと篭っているわけにもいかない。とりあえずヤマは越えたので顔を上げた。
すると私の目に1枚の張り紙が飛び込んできた。女性の文字と思われる手書きPOPだ。
「いつも頑張っているカッコいい男性のみなさまへ」というような書き出しだったと思う。内容はただただ月見湯を楽しんでいってくださいね的なもので、何か注意を促したりとか、何か宣伝したりとかいうものではなかった。

大げさではなく、泣きそうになった。そうなんだよ、俺はいつも頑張っているしカッコいいんだよ。便所全裸ネギ味噌ラーメンにんにくブチ込み腹痛野郎が何を言っているんだと今では思うが、優しさに救われたのは確かだ。

すっかり落ち着きを取り戻し、23時を過ぎた月見湯の喫煙所。「今日は2つの意味でスッキリしたな!それにしても入浴後に便所入るのって何か損した気分になるよね!」などとつぶやき、静かな南郷通を目指してチャリを漕ぎだした。俺は月見湯が大好きだ。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.05.03

3回目の訪問

望月湯

[ 北海道 ]

カバンに風呂道具を詰め、キッチンに鎮座するAmazon Echoに「アレクサ、いってきます!」と声をかけた。
アレクサちゃんはこんなオッサンにも「いってらっしゃい!よい1日を!」と優しい。
いやしかしアレクサよ、もう時計の針は20時を指している。「よい1日を!」はおかしい。

今日は二日酔いのせいでほぼ突っ伏していた。すでによい1日ではないのだ。残り4時間で逆転するには「前澤社長が急に2,000万くれる」とか「ほろ酔いの今田美桜が自宅と間違って俺の家に来る」とかいうレベルのイベントが発生するしかない。

家を出た。雨だ。何が「よい1日を!」だ。傘をさしつつ環状通りを南下した。

安定の望月湯で安定の3セット。想像以上の人混みに少々ひるんだが、マナーのよい先輩方ばかりで、安息のひと時を過ごすことができた。

脱衣場で身体を拭きながら頭上を見上げると、1枚のポスターが目に入った。かわいいアヒルちゃんのイラストに「いろいろあった日も、銭湯に入ればいい一日。」という一文が添えられていた。

そうか。連休ど真ん中に汚い部屋で突っ伏していても、銭湯に入ればいい一日なのだ。アレクサちゃんは全部わかっていたのだ。雨の上がった環状通りを北上し、我が家へと帰った。アレクサの「お帰りなさい!」が沁みた。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.04.29

3回目の訪問

昭和の日である。

サウナ界隈には「昭和ストロングスタイル」という言葉がある。
正確な定義は知らないが、「カラカラかつ高温でレトロな雰囲気を漂わせるサウナ」といったところだろうか。

「ストロングスタイル」という言葉はプロレス界が発祥である。
こちらも定義はうまく説明できない。何しろ言い出しっぺが猪木だ。プロレス者だけが共有できる感覚的、あるいは形而上的なものなのだ。

そんなことを絢ほのかのサウナ室で考えていたら、オートロウリュの時間と相成った。ロッキーのテーマが鳴り響く。

「これがプロレス関係の曲だったらなぁ」と思ったが、いや、ロッキーのテーマに乗って入場するレスラーというのが何人かいた(いる)

そのうちの1人が山田恵一である。
小柄ながら器用なレスラーだった山田は、イギリスへ武者修行に出て、そのまま消息不明となった。
その直後、昭和から平成になって間もなくのことだったが、新日本プロレスのリングに獣神ライガーという謎の覆面レスラーが現れた。背格好も動きも山田に瓜二つだったが、安易な推測は無粋だ。

平成の始めに現れた獣神ライガーは後に獣神サンダー・ライガーと名前を変え、ストロングスタイルに飽き足らず、ルチャから総合までやはり器用にこなし、令和の始めにリングを去った。

ライガーに思いを馳せながらの外気浴。ようやく桜が色づき始めた札幌の優しい風が頬を撫でる。

あるとき、無粋な記者がライガーに対して山田恵一のことを尋ねた。ライガーは「山田は死んだ。リバプールの風になった」と答えた。

自らを殺す覚悟はないが、札幌の風にはなれそうだった。とりあえず骨法を習おうと思う。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.04.25

2回目の訪問

無料ご招待券をいただいたので、日曜真っ昼間に北のたまゆらへ。タダである。素晴らしい。

高校の同級生に笹岡という男がいた。昼休みに学校を抜け出し、石狩川のほとりでタバコを喫うような奴ではあったが、いわゆるヤンキーではなく、私とは妙に馬があった。

ある日、笹岡が「すげーことに気づいた!」と、財布から何やら紙片を取り出した。
それは学校近くにあるラーメン屋謹製のサービスチケットだった。10枚貯めるとラーメンが1杯タダになるという、あのサービスチケットだ。
サービスチケットを私の眼前に掲げ、笹岡は続けて「これ、作れんじゃん?」ととんでもないことを言い放った。

確かに押印もなければ通し番号もない。コピーしてハサミで切れば容易に作れるだろう。しかし、ラーメン1杯注文毎に1枚もらえるサービスチケットを自作するのは当然犯罪である。
戸惑う私にはお構いなく「題して『無限ラーメン'98』よ!」と笹岡は笑顔で宣言した。
犯罪にタイトルをつける必要はあるのか、来年もやる気なのか、様々な疑問を抱いたまま、私は悪の道へと歩み出す笹岡を止められなかった。

数週間後、彼は「バレたわ」とわざわざ報告にやってきた。
数日おきにタダラーメンを食っていたら、顔を覚えられて普通にバレたのだという。バカである。かくして「無限ラーメン」は98年が最初で最後となった。

その後しばらくして件のラーメン屋に行ったところ、サービスチケットは廃止されており、替わりにサービスポイントが導入されていた。チケットがスタンプに置き換わっただけのシステムだ。スタンプがシャチハタの「加藤」だったので、「これハンコ買ってきたら無限ラーメンじゃね?」という第二の笹岡が登場した可能性はある。店主もバカなのだろう。

たまゆらのご招待券はコピーできるようなものではなく、カラフルで煌びやかなデザインだ。紙質も素晴らしい。 笹岡が「無限たまゆら'21」などと言い出したら今度は絶対に止めようと思う。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.04.20

2回目の訪問

数日前に配属となった新たな職場は都会も都会、札幌の中心にある。
異動を命じられたときには「これで俺もアーバンなビジネスマンの仲間入りだぜ!」とほくそ笑んだ。とんだバカ野郎である。

私の思い描く「アーバンなビジネスマン」とは、先の尖った革靴を履き、手首に数珠みたいのをジャラジャラつけ、「御社のリブランディングにおけるプライオリティは非常にセンシティブですのでロイヤルホストでエクスプロイダーをですね…」などと横文字を並べる男だ。
札幌の中心でそんな男になろうと一瞬でも思った自分を恥じるよりない。

どう考えても私は「中心」が似合う人間ではない。
クラスで、職場で、飲み会で、一度でも中心にいたことがあっただろうか。高いプライドと強烈なコンプレックスゆえ、敢えて外側に位置を取り続けてきた。

そんな人間である。当然のように早々と息が詰まった。終業とともに職場を飛び出し、東西線に飛び乗った。
この人、光、音。中心ゆえの喧騒から早く遠ざかりたかった。

気がつけば自宅の最寄り駅をもやり過ごし、南郷13丁目にいた。目に飛び込むのは南郷の湯。導かれたのだ。

導かれた割にはカバンにしっかり風呂道具一式が用意されていた。こういうズルさは「外側」で育ったからこそだ。

自宅まで2駅分の距離を徒歩で戻る私の革靴は少し尖っていた。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.04.18

1回目の訪問

共栄湯

[ 北海道 ]

いま、我が家は花の香りで満たされている。

5年近く勤めた職場を異動のために離れたのだが、最後の勤務日に仲間がたくさんの花を贈ってくれたのだ。
気恥ずかしさを覚えつつ両手に花束を抱えて帰宅した私は気がついた。「飾る場所がない」と。
独身中年男性の部屋に花の似合う場所など1平方ミリメートルもない。飾ったところで水を毎日換える自信もない。花を入れる花ビンもないし。

「嫌じゃないしカッコつかないし」と続けたくなる気持ちを堪えつつ、ペットボトルをカットして即席の花瓶をこしらえた。不格好だが独身中年男性の部屋にはちょうどよいだろう。
かくして玄関とPCデスクに鮮やかな花が咲き誇ることとなった。

今日の共栄湯にもたくさんの花が咲き誇っていた。牡丹に桜、見事なものだった。
枯れることのない花々だが、水分を吸い上げるかのように湯船に浸かっていた。

意外なことに、と自分で言ってしまうが、ペットボトル花瓶の水は毎日換えている。

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2021.04.12

18回目の訪問

さかえ湯

[ 北海道 ]

異動を命じられたため、今の職場で過ごす時間はあと少し。

この組織にいる以上、異動は避けられない。加えて父親がいわゆる転勤族だったので、数年に一度は環境が大きく変わるという生活を約40年続けてきたことになる。

小学生の頃は早く友達を作ることに、馴染むことに必死だった。当時の私が編み出した作戦は「早々に下ネタを言う」という安易なものだったが、これが功を奏して男子諸君からは「あの転校生、面白い!」とすぐに信頼を勝ち取ることができていた。
ところが中学生になると「別に友達なんていらねーわー。存在感なんてないほうが楽だわー」とひねくれてしまい、実際にそんな立ち位置になっていった。

結果、私は「下ネタは言うけど存在感はない」という化け物のような大人になってしまった。

とはいえ、円滑な社会生活を営むため、私なりに不器用なコミュニケーションを図り、それなりに生きている。
だから異動を前にした今、世話になった上司、愚痴をこぼしあった同僚、無茶な注文に応えてくれた後輩など、すべての人に感謝しかないし、しばしのお別れに打ちひしがれている。

職場の面々だけではない。
熱々のサウナストーン、キンキンの水風呂、広々とした外気浴スペース。彼らにも感謝しかないし、しばしのお別れが辛い。

さよならを伝えるため、月曜夜のさかえ湯へ。

クライエントに怒鳴られた日も、プロジェクトを無事に終えた日も、さかえ湯は何も言わず、そして優しかった。
新しい環境への期待がないわけではないけれど、そんな思いは黒くて大きな不安と緊張に飲まれて綯い交ぜになり、霧のように私の心を満たしている。
でもやっぱりさかえ湯は優しく、そんな霧みたいな想念を少しだけ吹き飛ばしてくれた。

ま、異動っつっても2キロ先の営業所なんすけどね、ええ。

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2021.04.08

6回目の訪問

券売機に「鬼滅の刃 缶バッジ」という見慣れぬボタンが出現していた(前からあったのかもしれないが)
「なぜ風呂屋がバッジを?」とは思ったが、なるほど、これが規制緩和というやつなのだろう。

なんの自慢にもならないが、私は鬼滅の刃を読んだことがない。映画も観ていない。

しかしこれだけ話題だと、断片的ながら情報は耳に入ってくる。結果、私が鬼滅の刃について認識できているのは
・タンジロウという人が出てくる。たぶん主人公。
・ネズコという人も出てくる。棒状の物(竹?)を咥えている。
という2点である。なんの脚色もなく、本当にこれだけだ。

幼少の頃は「大人ってなんで『ドラゴンボール』も『燃える!お兄さん』も読まないのかなー。面白いのになー。バカなのかなー」などと思っていた。文字通り稚拙な考えだ。我ながら説教してやりたい。

そもそも大人は忙しい。漫画を読んでいる時間などないのだ。
そして脳は衰える一方である。ストーリーを追ったり、登場人物の名前を覚えるのが難しくなる。複数の漫画を並行して読むなどもってのほかだ。

そして何より、大人はサウナに入らねばならない。漫画を読む時間があるならばサウナに行かねばならない。なぜなら義務だからだ。「納税、勤労、サウナ」と社会で習うアレだ。「サウナ入らざる者、食うべからず」というくらいである。

ということで今日も勤労&サウナを無事にこなしました。漫画は「よつばと!」を延々と何周も読んでます。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.04.06

12回目の訪問

湯処花ゆづき

[ 北海道 ]

高校の頃、同級生に「千鶴子」という少々古風な名前の女子学生がいた。
名前とは裏腹に当時でいうコギャルだった彼女は、信じられないようなルーズソックスを履き、信じられないようなイントネーションで「安室ちゃんの新曲マジで泣けんだけど」などと語っていた。
ラジオとプロレスだけが友達だったボンクラ帰宅部の私には近づくことすら憚られるような人物だった。

ある英語の授業中、経緯は忘れたが、アメリカ人講師のリチャードが彼女の名を「Chizuko」と板書した。
当の千鶴子は苦笑いで「あのー、私の"づ"って"す"に点々じゃないんすけど」とクレームをつけた。
対するリチャードは口にこそしないが「オマエ、ナニイッテルンデスカ?」といった表情で固まっていた。日本人の私だって理解できないのだから無理もない。
業を煮やした千鶴子は「No!My "づ" is not "Z-U"!」と言い放つや否やリチャードに歩み寄り、奪ったチョークでデカデカと黒板に「Chiduko」と書き殴った。

チドゥコ誕生の瞬間である。

ここは「花ゆづき」だ。「花ゆずき」ではない。相変わらずの賑わいで、若者のほか、親子連れも妙に目立つ。

今ごろどこかで千鶴子も母になっていることだろう。子に「今日は花ゆどぅき行こうね!」などと語りかけているのかもしれない。

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水風呂のボーイズ・ライフ

2021.04.04

1回目の訪問

小雨の中、約10年ぶりに南郷の湯へ。

サウナ童貞時代は湯を目当てによく通っていたが、サウナを知ってからは足が遠のいていた。理由は明白で、水風呂が冷たいとよく耳にするからだ。

情けない話だが、私は冷たい水風呂が苦手だ。フェイバリット水風呂は18℃である。
「18℃なんてほぼお湯じゃねーかwwまだ全然サウナ童貞だろwww」という絶倫サウナ紳士の言葉が聞こえてきそうだが、ダメなものはダメなのだ。

しかし食わず嫌いという言葉もある。覚悟を決めた私はバイブラ全開の水風呂を前にした。
「ピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ」という心に住まう赤いバイクの彼が放つセリフを無視し、ゆっくりと足を浸けた。

あれ?意外といける?
肩までいっちゃうよ?
ん?やっぱ大丈夫じゃね?
全然余裕じゃん!やればできるってガキの頃から言われてたもんな、俺!

ガキの頃の私は「やればできる」と同じくらい「お調子者」と言われていた。
なにも成長していない私は調子に乗り、バイブラ全開のキンキン水風呂に長く浸かり過ぎた。
気がついたときには足の指も手の指も感覚を失っていた。「もげたのかな?」と思って確認したくらいである。

いずれにせよ、私は南郷の湯が誇るキンキン水風呂を克服したのだ。もう絶倫を名乗っても許されるだろう。小麦色のデップリ体型に金のネックレスをつけてヒゲとか生やそうと思います(勝手な絶倫のイメージ)

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