アドベントカレンダー2019 SAUNA IKITAI ADVENT CALENDAR 2019

2019.12.01

サウナは万能薬じゃない

アラサウナちゃん

「美味しいごはんが食べたい」「あの映画見たいよね」何かにかこつけて会おうとする私たちの間に新しい合い言葉が加わった。「サウナ行こ」だ。

Ｓ子とは就活で知り合った。最初はインターン、季節が進むにつれ説明会や面接の場で顔を合わすうちに、次の予定の合間にお茶をしたり、情報交換をしたりするようになった。売り手市場だったのにも関わらず、出版社なんて難儀な進路を志望したせいで就活は難航した。なんだかんだしつこく就活を続けた結果、二人とも本命の就職先ではなかったけれど出版界の片隅にどうにか潜り込んで、よかったねぇとお互い称え合った。

10年経った。その間、忙しい時期もあったし遠くに住んでいる時期もあった。だけどＳ子のフットワークの軽さと興味の幅の広さのおかげで、趣味や友人を共有しながら、私たちの友人関係もずっと続いている。なによりこの歳の女子にとって「会いたいです」で夜すぐに飛んできてくれる友人は超貴重だ。私がサウナにハマったことで、Ｓ子もサウナに行くようになり、私がスタッフをしていたサウキャンフェスやＮＦにも遊びに来てくれていた。そもそもお酒をそんなに嗜まない私たちにとって、3000円（銭湯サウナだったらもっともっと安い）くらいでお風呂に入れてお腹いっぱいになり、帰ったらあとは寝るだけ、の状態になれるなんて幸せすぎる。

どちらから発信したかは忘れたが、「サウナ行こ」と、その日はテルマー湯に行った。新宿からほど近いこのサウナの良いところは清潔度とアクセスの良さだ。
テルマー湯のサウナ室はじんわり暖まる。なので一番上の段がお気に入りだ。サウナ室でほかに誰もいないときは、ＴＶを横目に近況報告をしたり、愚痴を言ったり、失敗談を笑い話にしたりする。サウナ室のすぐそばに水風呂がある導線も好きだ。水風呂はもう少し冷たくても良いけれど。横になれるベンチもあって、外気浴だってできてしまう。３セットしっかりサウナを楽しんで、ふわふわとした心地で露天の寝湯に寝転がる。

２人とも転職を繰り返し、なんだかんだあの時目指した職業に就いている。でも思ったより仕事は厳しいし、ストレスフルだ。描いていた30代とはちょっと違う道を進んでいるような気もする。仕事や世間様から自分を守るため、ガチッと着込んでいた鎧が、ぬるいお湯につかることでほろほろと解けていく。
気ままに働きたい～、外国に住みたい～、給料倍にしてくれ～。横に並んで空を見上げながら思いつくまま欲望を放ち、冒険しなよ～、いやもっと働けるでしょ～。無責任で不遠慮なアドバイスを投げ合う。裸だし、隠すものはもうない。夜の空気が熱をもった身体を心地よく冷やしてくれる。

「でもさ、わたしたち、がんばったよねー」「うん、がんばったよ」どちらともなくこぼれ落ちた、10年走り続けた自分たちを少しだけ肯定したつぶやきは、湯気と一緒に夜風にふわっと消えていく。自分の力で楽しみを見つけて、自分のお金で自由に自分を楽しませられることも誇らしい。私たちはただサウナに入っておしゃべりしただけで、また明日から始まる現実の何の解決にもなっていないけれど、とても大切な時間なような気が、した。

サウナは万能薬じゃない。だけど「サウナ行こ」に救われることもある。Ｓ子と私はふかふかのタオルで身体を拭き、コートを羽織ってすっぴんでテルマー湯を後にする。

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