2025.08.05 登録
[ 東京都 ]
疲れ方がうまくなる
② 改良湯
フリー 5セット ¥1,150
30時間働いたあとのサウナは格別だ。
もちろん、おすすめはしない。
ふらつきながら改良湯へ。
1年ぶりだった。
渋谷の人気銭湯。
僕の中では「いつ行っても混んでいる銭湯」という認識だった。
ところが今日は違う。
最初の数セットは、サ室でひとりになる時間まであった。
ちょっと得した気分になる。
誰にも譲らなくていい熱。
相変わらず熱めのサ室。
12℃の水風呂。
アディロンダックチェアで外気浴。
ブロアーアウフグースでしっかり蒸されたあとに休憩すると、体の表面がパチパチと弾ける。
人間にも炭酸みたいな機能があるらしい。
時間が遅くなるにつれて、浴室はいつもの改良湯になっていく。
仕事帰りの人たち。
飲み終わりの人たち。
それぞれが一日の終わりを洗い流していた。
30時間働いた僕も、そのうちのひとりだった。
サウナに入るたび思う。
疲れは消えない。
でも、疲れ方だけは少し上手になる。
だから今日もまた来てしまう。
男
[ 東京都 ]
ログアウトの仕方
初 荒木町サウナ Logout(ログアウト)
2時間 4セット ¥2,450
有言実行。
昼勤と夜勤の合間でサウナへ行く。
もちろん仕事は山積みだ。
普段なら休憩時間も仕事をするところだが、今月は違う。
「やらないこと」を頑張ると決めた。
会社からすれば、あまり褒められた目標ではない。
ロッカーに忍ばせておいた短パンへ履き替え、新宿御苑から丸ノ内線で四谷三丁目へ向かう。
18時、荒木町サウナ Logout着。
建物入口には地面置きの小さな看板がひとつ。
「1階奥」と書いてあるが、その先に店名は見当たらない。
それっぽい扉を、少しだけ勇気を出して開ける。
正解だった。
こういう時、人間は少しだけ自分を褒めたくなる。
若いスタッフばかりだが、ホスピタリティは高い。
あつ湯はない。
その代わり広めのサ室と水風呂、複数台のインフィニティチェア。
荒木町といえば飲み屋街。
仕事帰りや飲み会前で賑わっていると思ったが、この日は驚くほど空いていた。
こんな日は、誰かの飲み会が盛り上がっているのかもしれない。
こちらは100℃で盛り上がることにする。
20分ごとのスタッフロウリュ。
遠慮のない水量で熱が一気に降ってくる。
心臓が踊る。
インフィニティチェアでは体が勝手に跳ね返る。
施設名は「Logout」。
パソコンなら数秒で終わる。
でも人間は少し面倒だ。
仕事からログアウトするには、100℃のサウナと14℃の水風呂、それから2時間くらい必要になる。
イイ感じに決まり過ぎた。
このあと夜勤へ戻る。
体はログインしたがらなかった。
男
[ 東京都 ]
ゆとりは気分でできている
⑧ 光明泉
フリー 4セット ¥900
ゆとりを持つ。
今月の目標だ。
愚痴を言っても仕事は減らない。
急いでも急がなくても、仕事は明日もちゃんと待っている。
だったら少しくらい余白を持って働こうと思う。
そのために仕事終わりにサウナへ行く。
睡眠時間を削ってでも。
文章にすると少し矛盾している。
でも人間なんて、そのくらい都合よくできている。
疲れたまま6時間寝るより、サウナに入って4時間眠る方が精神的にはいい気がする。
もちろん、気がするだけかもしれない。
中年特有のむくみも取れる。
鏡の中の自分が少しだけマシになる。
その「少し」が案外大きい。
今日のサ活は22時から。
こんな時は初心に返ろうと思った。
向かったのは光明泉。
11か月ぶりだった。
ホームと呼んでいたくせに、ずいぶん長い間帰っていなかった。
帰省しない息子みたいなものである。
相変わらず自由な客層。
少し狭めの100℃のサ室。
14℃の水風呂。
露天の休憩スペース。
頭上を走る電車の音。
壁に描かれた富士山。
どれも11か月前と同じだった。
変わっていたのは、たぶん僕の方だ。
「ただいま。」
心の中でそう言うと、光明泉は何も言わずに100℃で迎えてくれた。
男
[ 神奈川県 ]
傷を舐め合う会
② saunahouse(サウナハウス)
3時間 5セット ¥3,310+1時間無料券
転勤して1ヶ月が経った。
新しい仕事は、想像していた通りしんどい。
自分の実力の無さを痛感すると同時に、絶対にやらないと思っていたサービス残業までしている。
人は追い込まれると、昨日の自分が決めたルールを案外あっさり破る。
この先、定年まで今以上に忙しくなるのかと思うと少し気が滅入る。
みんな辞めていく理由も、なんとなくわかる気がした。
そんな愚痴を言い合う会。
川崎サウナ会。
今日も開催である。
いつものように、日付が変わる頃、彼からLINEが届く。
「明日空いたのでサウナ行こう。」
もう待ち合わせの挨拶みたいなものだ。
サウナを好きになってくれたのは嬉しい。
彼の顔も、前に比べればずいぶん柔らかくなった。
僕が川崎へ通っているのか、彼がサウナへ通っているのか、最近ではよくわからない。
ただ、同じような環境でもがいている者同士には、ときどき傷を舐め合う時間が必要なのだ。
彼はsaunahouseがすっかり気に入っている。
朝一ならそれほど混まず、サ室待ちも休憩待ちもない。
サウナ5種、水風呂4種。
清潔で、居心地もいい。
最初にこんな施設を知ってしまうと、基準がおかしくなる。
値段もそれなりだが、それなりには理由がある。
今日も会話のできる『2』と『3』を行き来し、ロウリュイベントに参加し、シングルから不感湯まで一通り巡る。
最後はチェアベッドで眠るように休憩した。
気が付けば3時間が過ぎていた。
仕事の問題は何一つ解決していない。
それでも少しだけ呼吸はしやすくなっていた。
今の僕らには、こういう週末が欠かせない。
男
[ 東京都 ]
豊洲は徹底していた
初 準天然光明石温泉 天空の湯
フリー 4セット ¥1,700
連休最終日。
奥さんも休みなので、映画ついでにお風呂へ行くことにした。映画館とお風呂とサウナと岩盤浴が揃っている街は意外と少ない。ユナイテッドシネマのチケットを握りしめて豊洲へ向かった。東京豊洲 万葉倶楽部からの、ららぽーと。完璧な計画だった。
ただ、祝日の観光地を少し甘く見ていた。
10時過ぎに到着すると、7階フロント前には大行列。入館まで20〜30分はかかりそうだった。
滞在時間は削られるのに料金は削られない。
それは資本主義なので仕方がない。
一旦妥協して、早めのランチに寿司でも食べようと豊洲市場へ向かうも寿司屋は祝日で休みだった。
豊洲は朝から一貫して僕たちに冷たかった。
なんなら、ららぽーとのマンダロリアンまで満席だった。
豊洲は徹底していた。
お台場へ移動し、サウナも控えているのでサラダで軽めに済ませるつもりで、Sizzlerに入った。しかし人間はビュッフェを前にすると、自分を少し過大評価する。
サラダを食べに来たはずなのに、気付けば胃袋は本気を出していた。
今日は予定通りいかない。このままお台場でマンダロリアンを待っていると、サウナにありつけない気がした。
妥協してマイケル・ジャクソンの映画を見る。
妥協して選んだ映画だったが、マイケルはちゃんとマイケルだった。
Beat Itを口ずさみながら豊洲へ戻る。
16時。
流石に入れるだろうという期待は、フロントに着く前に崩れ落ちた。今度は2階のエレベーター前が行列だった。
万葉倶楽部は入館前から整うシステムなのかもしれない。
それでもここまで来たのだからと並びかけたが、さすがに心が折れた。帰宅も頭をよぎったが、今日はまだ妥協したくなかった。岩盤浴は諦める。
その代わり、まだ行ったことのない竹芝の天空の湯へ向かうことにした。
今日は一生分のゆりかもめに乗っている気がする。
アジュール竹芝の日帰り入浴。
サウナは87℃。セルフロウリュ可能。
ホテルの浴場なので浴室はそこそこ混んでいたが、サウナは空いていた。
空いているサウナには小さな魔法がかかる。
人が少ないだけなのに、なぜか3割増しくらい良く感じる。セルフロウリュも相まって、Sizzlerで詰め込んだサラダが順調に蒸されていく気がした。
水風呂は20℃オーバーでぬるめ。休憩は内気浴のみ。
浴室全体の温度も高く、飛ぶほどにはキマらなかった。
でも今日はそれで良かった気がする。
計画はほとんど外れた。
豊洲にも何度も振られた。
それでも最後にはちゃんとサウナに入れた。
悪くない休日だった。
人生もたぶん、そんなふうに帳尻が合う。
男
[ 神奈川県 ]
世界の終わりみたいな顔をした男は2人いる
初 サウナゆげ蔵
フリー 4セット ¥2,800
世界の終わりみたいな顔をした男は2人いる。
ひとりは先日の川崎の彼だ。
その川崎の彼から、昨晩0時過ぎに「明日の午前中、時間が空いた」とLINEが入った。
僕は仕事帰りに近所の銭湯へ寄ったものの、23時を過ぎても4〜5人待ち。番頭さんも「勘弁してくれ」と言わんばかりの表情だったので諦め、自宅でいつものサウナごっこに勤しんでいる最中だった。
どちらにせよ翌日はサウナへ行くつもりだったので快諾し、川崎周辺で午前中から入れそうな施設を探した。
川崎からひと駅。
休日でも比較的空いていそうな「ゆげ蔵」を選び、10時少し前に鶴見駅で待ち合わせた。
9時50分。
先に着いた僕が西口改札で待っていると、彼が現れた。
今日もキャップにサングラス。
表情はよく見えない。
でも前回より少しだけ顔が柔らかい気がした。
僕もパタゴニアの柄が強めなハットにサングラス。2人とも短パン姿だった。
まるで『パルプ・フィクション』で、サミュエル・L・ジャクソンとジョン・トラボルタが仕事を終え、慌てて着替えてファミレスへ向かう途中みたいだった。
少なくとも、これから癒やされに行く2人には見えない。
ゆげ蔵は古い日本家屋を改装したような造りだった。
石畳の階段を上がると日本庭園が広がり、インフィニティチェアが所狭しと並んでいる。
浴室はシャワーのみで、あつ湯はない。
水風呂も2人でいっぱいになるほどコンパクトだ。
その代わりサウナ室は広い。
20人ほど入れる空間で、入口は低く、まるで茶室のにじり口だった。
サウナでは誰もが平等だと言われているような気がした。
誰かがセルフロウリュボタンを押す。
熱を帯びた蒸気がゆっくり降りてくる。
僕らは今日も無言で耐える。
日々のストレスを洗い流すというより、身体の外へ追い出していく感覚に近い。
持参したポンチョを羽織り、日本庭園のインフィニティチェアへ横になる。
空は青く、もう夏の空だった。
今日は彼の顔は柔らかく、僕の顔は歪んでいた。
この10日ほど、新しい仕事と新しい職責に追い込まれ、少し潰れかけていた。
今日は僕が世界の終わりみたいな顔をしていた。
彼は何も聞かなかった。
僕も何も説明しなかった。
サウナに入って、水風呂に入って、外気浴を繰り返した。
それで十分だった。
帰る頃には、僕も少なくとも月曜日くらいの顔には戻っていた。
男
[ 東京都 ]
成り行きの攻略法
② 文化浴泉
フリー 4セット ¥1,050
雨の日曜日は、どうにも腰が重くなる。
気づけば15時だった。
休日の時計だけ、たぶん倍速で動いている。
奥さんが仕事の合間に一度帰宅した。
1時間ほど休むと、また仕事へ向かうという。
明日からの1週間を思うと、今日もサウナへ行っておきたい。
重い腰をようやく持ち上げた。
一緒に渋谷まで歩き、奥さんを見送る。
道玄坂でバスを待ちながら、いつもの遊びを始める。
僕はたまに、成り行きに従う。
最初に来たバスへ乗る。
それだけだ。
行き先は運転手だけが知っている。
今日は三軒茶屋か、池尻大橋か。
定刻なら三軒茶屋行きが先だった。
でも少し遅れていたおかげで、池尻大橋行きが先に来た。
人生は案外、5分くらいの遅延で行き先が変わる。
だから今日は文化浴泉になった。
16:00到着。
1年ぶりの文化浴泉。
日曜日の夕方だけあって、すでに5人ほどが入場待ちだった。
15分ほど並んで中へ入る。
脱衣所も浴室も、人であふれている。
洗い場の間には、休憩待ちの人が静かに立っていた。
ピンク色の湯に浸かりながら、混雑したサウナには独特の流れがあることを思い出す。
文化浴泉のサウナは、とても完成度が高い。
二重扉のおかげで出入りが多くても温度は落ちにくい。
オートロウリュも重なり、上段では10分がずいぶん長く感じる。
周りを眺めていると、みんな意外と長居しない。
その代わり、休憩は長い。
17℃表示の水風呂は、体感では14℃くらい。
しっかり冷える。
休憩室は暗く、静かで、香りもいい。
だから一度座ると、みんな簡単には立ち上がらない。
サウナでは汗ばかりかいていたわけじゃない。
一つ法則を見つけた。
サウナ室に空席がある時は、休憩室が埋まっている。
逆にサウナ室が混み始める頃には、休憩室が空き始める。
あとは自分との勝負だった。
もう出たい気持ちを我慢する。
水風呂で数十秒だけ時間を合わせる。
それだけで4セットとも待たずに休憩できた。
成り行きに任せるのは嫌いじゃない。
でも、ととのうことに関してだけは、案外、理系なのである。
男
[ 東京都 ]
江戸ジになる練習
初 黒湯の温泉 ゆ〜シティー蒲田
フリー 4セット ¥830
新たな職場環境は刺激にもなるが、基本的には神経を擦り減らす。
刺激という言葉は便利だ。たいていの場合、「疲れる」を少し前向きに言い換えただけだったりする。
擦り減った心を癒すには、やはりサウナが一番早い。
土曜日の午前中、蒲田へ向かった。
11:00開店の少し前に着くと、数名の敬愛なる江戸っ子ジジババたちが並んでいた。
銭湯巡りを始めてから気づいたことがある。
以前は、どの街でも江戸ジは江戸ジだった。
じいちゃん子だった僕は、江戸ジを見るたびにどこか懐かしく、微笑ましい気持ちになっていた。
でも最近は違う。
街には街の若者がいるように、街には街の江戸ジがいる。
渋谷には渋谷の江戸ジ。
目黒には目黒の江戸ジ。
そして蒲田には、ちゃんと蒲田の江戸ジがいる。
言葉で説明するのは難しい。でも、確かに違う。
僕は5番目に並んでいた。
でも入館した時は10人目くらいだった。
江戸ジたちは、開店と同時にどこからともなく増えてくる。
もちろん、お年寄りは大事にする方なので何の問題もない。
蒲田名物の黒湯温泉。
銭湯価格で温泉まで楽しめるのだから、蒲田の江戸ジたちは少し羨ましい。
内湯は白湯のバイブラ、ジェット、電気風呂。
露天には黒湯温泉。
サ室は88℃の遠赤外線。
黒湯で温めてから上段へ座ると、ちゃんと滝汗になる。
水風呂は16℃のバイブラ。
体感は17〜18℃くらいだが、泡のおかげでしっかり締まる。
半露天のベンチで、小さな空を見上げる。
転勤してから、人の評価を気にする時間が少し増えた。
上司。
部下。
周囲の目。
でも江戸ジたちは、そんなことを少しも気にしていないように見える。
もちろん、本当は気にしているのかもしれない。
それでも少なくとも、そう見せない技術だけは身につけている。
あれは年齢ではなく、修行なのだ。
老後というのは、年を取った先にあるものではない。
今の生き方が、そのまま少しずつ形になる。
そう考えると、どんな老後にしたいのか考えておくのも悪くない。
だから僕も、いつかどこかの江戸ジになれたら悪くない。
まずは開店前に並ぶところから始めようと思う。
男
[ 東京都 ]
神様と無料券には期限がある
④ 馬場サウナ
フリー 4セット ¥4,580(無料1日利用券)
ただより高いものはない。
たいていはその通りだ。でも世の中には、ごく稀に何の見返りも求められず、誰かの善意だけを受け取る日がある。
今日は、たぶんその稀なほうだ。
先月、馬場サウナから無料1日利用券がLINEで届いた。利用期限は6月末。
忙しさに紛れて忘れていたが、当時のマメでセコい(節約家とも言う)僕は、ちゃんとカレンダーにリマインドしていたらしい。
僕の記憶は当てにならない。でもスマホは、そういう日に限って妙に誠実だ。
朝一番で奥さんから、氏神様へお札を受け取りに行く日だとリマインドされる。
玄関に貼る、あのお札だ。
神様の予定は忘れることがあっても、無料券の期限だけは忘れない。たぶん、人間なんてそんなものだ。
帰宅すると二礼二拍手一礼で神棚に手を合わせ、お札を納める。
信心深いというほどではない。
忘れていた側の人間が言うのも変だが、こういうことは、ちゃんとやっておきたい性分だ。
少しだけ背筋が伸びる。
その足で西早稲田へ向かった。
11:00到着。
受付で無料券を使うことを伝える。この瞬間だけは少しだけ居たたまれない。
休日料金は4,580円。
朝8:00から23:00まで営業し、中抜けもできる。丸一日いれば高くはないのだろう。
でも、そんな贅沢な時間を持てる人は、案外少ない。
時間にも、お金と同じくらい個人差がある。
だから午前中は広いサウナ室をほとんど独り占めだった。
空いているサウナは機嫌がいい。
20分ごとのオートロウリュと白樺のヴィヒタの香りで、身体の中の余計なものが汗と一緒に流れ落ちていく。
水風呂は16.3℃。
頭まで潜れる。
水風呂は滝行みたいなものだ。
邪念を冷やすには、ちょうどいい温度だった。
正午を過ぎる頃には人も増えてきた。
みんな裕福なのか、僕と同じ無料券なのかは分からない。
でも裸の男たちは、みんな後者に見える。
品格だとかは、服を着ていて初めて匂わせることができるのだ。
ヒーリングルームのヴィヒタの香りと森のさえずりに包まれながら、今日は欲をかいてはいけない気がした。
他の人にも気持ちよく過ごしてもらえるよう、4セットで切り上げた。
無料でも、十分に満たされる日はある。
神様も無料券も、期限が切れる前に使うのがいい。
男
[ 東京都 ]
真ん中は移動する
初 SHIAGARU SAUNA 神田×秋葉原店
2時間 5セット ¥2,300
秋葉原には若者がいる。
若者は街を選ぶのがうまい。街のほうも、ちゃんと若者を選んでいる気がする。
渋谷はもう、その役目を終えたのだろうか。
高校生の頃、僕は毎週末のように原宿から恵比寿まで歩き、服屋を巡った。
将来は恵比寿に住もうと思っていた。
特に理由はない。その頃の僕は、恵比寿という地名そのものに未来が詰まっている気がしていた。
地方から出てきた人間は、まず「真ん中」を目指したがる。少なくとも僕はそうだった。
24歳で会社の社宅が恵比寿になった。
嬉しかった。
夢は案外あっさり叶うものらしい。
その後、結婚して中央区へ移った。
銀座まで徒歩10分。服も雑貨も困らなかった。
30歳を過ぎても、銀座では僕らはまだ若者だった。
悪い気はしない。
勘違いにも居心地というものがある。
困ることといえば、少しずつ年齢を忘れてしまうことくらいだった。
久しぶりに渋谷へ行くと、若者の海に飲み込まれ、一気に年齢を突きつけられた。
銀座というぬるま湯は、その事実まで少しだけぼかしてくれていたらしい。
実際に老けていた。
今は代官山に住んでいる。
流行の近くに身を置けば、自分も少しは更新される気がした。
もちろん根拠はない。
そういうことにしていた。
でも最近、秋葉原へ来るたびに思う。
渋谷は本当に真ん中なのだろうか。
観光客の多さはどちらも変わらない。
でも秋葉原には日本の若者が多い。
渋谷には若者もいる。
でも、若者になりたい大人はもっといる。
もちろん僕も例外ではない。
そんなことを考えながら、SHIAGARU SAUNAへ向かった。
古びたビルの1階。
初めてのサウナには少しだけ緊張する。
初デートほどではない。面接よりは気楽だ。
でも靴を脱ぐと、不思議といつものペースに戻る。
サウナにも「ただいま」があるらしい。
浴室に名前の書かれたタンブラーが置かれていた。
ICE BOXに炭酸水。
不思議なもので、サウナ室へ持ち込めるというだけで少し特別な飲み物に思えてしまう。
浴室に湯船はない。その代わりサウナは深部体温と末端体温、2種類ある。
名前だけ聞くと健康診断だ。
結果だけは聞きたくない。
11℃の水風呂を経てインフィニティチェアへ倒れ込む。
心臓がゆっくり横に揺れる。
意識がぐるぐる巡る。
脳みそが、久しぶりに更新された気がした。
街は変わる。
真ん中も変わる。
たぶん、人間もそういうものなのだ。
男
[ 東京都 ]
黒湯と転勤のあいだ
初 SPA&HOTEL和 -なごみ-
5時間 5セット ¥2,380(6月中は¥300引き)
7月から転勤になった。
銀座から新宿なので距離は大したことない。むしろ通勤時間は短くなる。でも職場が変われば上司も部下も変わる。肩書きはそのままでも、中身はセーブデータのないRPGをもう一度始めるようなものだ。
この2週間は引継書を書き、やり残した仕事を片付ける毎日だった。平均睡眠3時間、6連勤。
人間は意外と壊れない。もちろん壊れていることに気づいていないだけ、という可能性も十分ある。
久しぶりの平日休み。
最近ほったらかしだった奥さんと、岩盤浴もある施設へ向かった。夫婦円満にも定期メンテナンスは必要だ。車検ほど高くはつかない。
蒲田は初めて降りる街だった。
雑多で少しアングラな空気がある。曇り空の昼間に飲み屋街を歩くと、「昼から飲んでも誰も責めません」という街全体の無言の圧力を感じる。危険な街だ。
そのサウナはパチンコ屋の隣にあった。妙に納得感のある立地だった。
受付で5時間コースを選び、奥さんは岩盤浴を追加。館内はホテルというより、サウナ施設にホテルが「ついでに泊まれます」と遠慮がちにくっついたような造りだった。
黒湯の温泉はぬるめで、急かさないお湯だった。
世の中には「早くしろ」と言う人はたくさんいるが、「ゆっくりでいい」と言ってくれるお湯は意外と少ない。
サウナは92℃。
広いサ室ではワールドカップの結果が流れていた。画面の中では国の威信が懸かっている。こちらは来月の席順が気になっている。人間のスケールなんて案外そんなものだ。
水風呂は20℃の黒湯と24℃の水道水。
黒湯の水風呂は肌当たりが柔らかく、いつまでも入っていられそうだった。人生もこのくらい優しく冷ましてくれればいいのだけれど、現実はだいたいシングル水風呂である。
半外気浴の椅子に腰掛ける。
来月から生活圏が変わる。
通勤電車も、昼休みに歩く道も、仕事帰りに寄るサウナも変わる。
少し不安で、少し楽しみだ。
転勤は人生のイベントだけれど、サウナーにとってはホームサウナの移籍でもある。
そう考えると少しだけ前向きになれた。
人は環境が変わるたび何かを失う。
でもその代わり、新しいお気に入りのサウナが一つ増えることもある。
それなら悪い話ではない。
男
[ 神奈川県 ]
世界の終わりみたいな顔をした男
初 saunahouse(サウナハウス)
2時間 4セット ¥2950
40歳を過ぎると、友人と遊ぶ機会は驚くほど減る。
もともと僕は友人が多い方ではない。15歳で千葉の田舎を出て上京したので地元の同級生とは疎遠だし、高校の友人たちも全国に散らばっている。
そんな中、唯一「親友」と呼べる男が川崎に住んでいる。
お互い家庭があり、仕事もある。頻繁には会えないが、時々電話で愚痴を言い合うくらいの距離感は保っていた。
最近、彼がだいぶ参っているらしいと聞いた。この歳になると悩みも重量級になる。仕事、家族、将来。若い頃みたいに酒を飲めば忘れられる類のものではない。
少しでも息抜きになればと前からサウナに誘っていた。
昨日ようやく都合がついた。僕は夜勤明けだったが喜んで約束した。
10時に川崎で待ち合わせる。
現れた彼を見て思わず笑った。
「顔が疲れすぎてヤバいね」
彼は僕の3倍くらい夜勤明けみたいな顔をしていた。
サウナハウスは会話可能なサウナもあり、友人と来るにはちょうどいい施設だ。
イオンウォーターを買い、クーラーボックスへ入れる。取り違え防止のためラベルの剥がし方で個性を出す。40代男性の個性なんて、その程度で十分だ。
体を洗い、42℃の湯で下茹でする。
初サウナの彼に御サ法を実演する。久しぶりに会った男同士は意外と話さない。とりあえず同じ方向へ歩く。ペンギンの群れみたいなものだ。
館内は打ちっぱなしコンクリートの近代建築。安藤忠雄が設計したと言われても信じそうな雰囲気だった。
その洗練された空間と、僕らが抱える生活の悩みはまるで釣り合っていなかった。でもだからこそ居心地が良かった。
サウナを巡り、水風呂に入り、休憩する。会話可能なサ室では仕事の話、家族の話、将来の話をした。半分以上は僕の愚痴だった気もする。
最後の休憩。
目を閉じ、ゆっくり揺れるようにまどろむ彼を、僕は見ていないふりをした。
男同士というのは不思議なもので、「大丈夫か?」とはなかなか言えない。
代わりにサウナへ連れて行ったりする。
朝会った時、彼は世界の終わりみたいな顔をしていた。
帰る頃には少なくとも月曜日くらいの顔には戻っていた。
それだけで十分だった。
男
[ 東京都 ]
頭痛と十の思い
初 十思湯
90分 3セット ¥950
僕はわりと幼い頃から偏頭痛持ちだ。
気がつけばもう30年以上、あの厄介な来訪者と付き合っている。偏頭痛は律儀だ。こちらが忘れた頃にやって来て、視界の端に小さな旗を立てる。そして「そろそろ始めます」とでも言うように頭の奥を締めつけてくる。
不思議なことに、サウナはそれに効く気がする。
熱で頭の奥まで温められたあと、水風呂で冷やす。すると曇った窓ガラスを拭いたみたいに、世界が少しだけ鮮明になる。その瞬間が好きだ。
今日も低気圧のせいか頭が重い。夜から仕事なので、その前になんとか片を付けておきたい。そんな気持ちで小伝馬町の十思湯へ向かった。
十思スクエアの2階。行政施設の中にあるせいか、外観は妙に事務的だ。清潔感はある。しかしどこか「必要以上には仲良くなりません」という雰囲気も漂っている。
下駄箱の鍵を受付に渡す。するとおばあちゃんがサウナキーと番号の書かれた紙を手渡してくれた。
そのおばあちゃんだけが、なぜか昔ながらの銭湯から転送されてきたみたいだった。建物との温度差が少し面白い。
浴室はカランに仕切りがあり、隣との距離感もほどよい。人間関係もだいたいこのくらいが理想だと思う。
あつ湯で体を温めてからサウナへ。温度計は98℃を指しているが、体感は90℃くらい。湿度との折り合いが上手な、居心地の良いサウナだった。
ヌルめの水風呂に長めに浸かる。頭痛がゆっくりほどけていく。ととのい椅子はないので、あつ湯の脇のスペースで休憩する。
気がつくと、頭痛はどこかへ行っていた。
まるで「今日はこの辺で失礼します」と挨拶して帰ったみたいに。
「十思」とは何だろうと調べてみた。
欲望に溺れないこと。やりすぎないこと。謙虚でいること。怒りや快楽に流されないこと。
1300年以上前の中国の言葉らしいが、読んでいると妙に現代的だ。SNSにも会議にも、そのまま貼り付けられそうだった。
特に「やりすぎないこと」という一節が気に入った。
サウナも仕事も遊びもだいたいそうだ。
そして僕の偏頭痛も、きっとそう言いたいのかもしれない。
「少し休め」と。
ただ、できればもう少し穏やかな方法で伝えてほしいとは思う。
男
[ 東京都 ]
オジサンたちの浮遊する朝
初 PARADISE 大手町
3時間 6セット ¥3278
夜勤明けだった。
夜勤明けというのは少し不思議だ。最初はただ眠いだけなのに、そのうち眠気と覚醒のあいだの曖昧な場所に長く滞在できるようになる。酔っているわけでもなく、元気なわけでもない。その中途半端さが妙に心地よい。身体に良いとは思えないけれど、世の中には身体に良くないのに愛されているものがたくさんある。締切とか、恋愛とか。
向かったのは大手町にできたPARADISEの2号店。
休日の大手町は静かだった。平日ならスーツ姿の人々が川の流れのように行き交うのに、今日はビル風だけが律儀に出勤している。時折スーツケースを引いた旅行客が現れ、そのたびに「ここはどこなんだろう」という顔をしていた。たぶん僕も同じ顔だった。
9時30分到着。
25階でQRコードを読み込み、顔認証を済ませる。回転ゲートを抜けると利用時間の計測が始まる。
サウナに来たはずなのに、なぜか近未来の収容施設へ入所する気分になった。
料金は1時間2178円。
高い。
しかし3時間3278円と書かれると急に安く見える。人類は昔から数字に騙され続けている。たぶんこれからも。
浴室は期待以上だった。
110℃のドライサウナ。100℃のセルフロウリュサウナ。11℃と14℃の水風呂。
数字だけ見ると攻撃的だが、実際はよく整えられている。高級ホテルの執事みたいな熱さだった。
そして26階へ。
そこには大きなプールがあった。
観葉植物。ベッドチェア。水面に揺れる光。
大手町のオフィスビルというより、誰かが東南アジアのリゾートホテルを間違えて屋上に積み上げてしまったような空間だ。
フロートベッドに身体を預け、天井を見上げる。
何も考えない。
正確には考えているのだろうけれど、その考えは言葉になる前に溶けていく。良いサウナのあとには、そういう時間がある。
ただ一つ気になったことがあった。
プールに浮かぶ人々の大半がオジサンだった。
もちろん僕も含まれる。
広いプールに無数のオジサンが静かに浮かぶ光景はなかなか壮観だ。アザラシでもラッコでもない。もっと都会的で、もっと疲れている。
口コミは賛否あるらしい。でも僕は嫌いじゃなかった。
3つのサウナはどれも素晴らしく、水風呂は鋭く冷たい。そしてプールでの浮遊感は少し危険なくらい気持ち良い。
帰る頃には夜勤明けの眠気は消えていた。
あるいは眠気のほうが僕を置いて先に帰ったのかもしれない。そういうことも、ときどきある。
男
[ 東京都 ]
白樺になれなかった夜
初 軟水銭湯・月島温泉
2時間 4セット ¥1000
仕事というのは、たいてい終わらないように設計されている。定時で帰れる日なんて、月に数回しかない満月みたいなものだ。今日ももちろん、そのはずだった。
17時を少し過ぎた頃、僕は突然思い立った。
「帰ろう」と。
きっと鞄の中にサウナハットとサウォッチが入っていたせいだろう。昼休みに「サウナイキタイ」で見た月島温泉の評判も効いていた。サウナ情報には、人類を定時退社へ導く不思議な力がある。
僕は半ば逃亡者のように会社を出て、バスに飛び乗った。
途中、乗ってきたOLがPASMOの残高不足でもたついた。でも今日は不思議とイラつかない。サウナ前の人間は比較的やさしい。煩悩がまだ蒸されていないからだ。
18時、月島到着。
月島観音の2階にその銭湯はあった。「仏の上で汗をかく」という構造が少し面白い。
サウナとイオンウォーター2本分の券を買う。最近の僕の中では、「イオンウォーター有り」は重要な評価項目だ。もはや部活動の補給事情である。
43℃の白湯で湯通し。熱い。銭湯側に「早く仕上がれ」という意思を感じる。
サ室は95℃のボナサウナ。音の割れた夕方のニュースが流れ、昭和の実家みたいな空気が漂っている。熱に耐える古いテレビを見ると、「俺もまだやれる」と定年間近のサラリーマンみたいな感情になる。
水風呂は13℃。チラーの放水口に背中を当てると、未読メールとか、「念のため共有です」とだけ書かれたチャットとか、人生の余計な部分から順番に冷えていく。
外気浴スペースへ出る。
そして気づく。
月島だ。
風に乗って漂ってくるのは、完全にもんじゃ焼きの匂いだった。
席を変えてみる。でも、どこへ移動しても、もんじゃ。ととのい中には少し情報量が多すぎる香りだ。白樺にはなれない。もんじゃは最後まで、もんじゃだった。
口コミによれば最近番台さんが代わったらしい。以前は張り紙だらけで空気も少し尖っていたそうだ。でも今の番台の男性はやわらかい雰囲気だった。
ふと想像する。
引退した前の番台さんが近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいる。隣のおばさん達が話している。
「あそこの銭湯、最近評判いいらしいわよ」
もう自分の居場所ではなくなった場所の話を、他人として聞いてしまう老人。
その光景を想像すると、なぜだか少し胸が痛んだ。
サウナの帰り道というのは、ときどき身体だけじゃなく、変な感情まで整えてしまう。
男
[ 栃木県 ]
雨音の中のイオンウォーター
② ホテルハーヴェスト那須
フリー 4セット
5時過ぎに目が覚めた。
部屋には昨晩の焼き肉の残り香が漂っている。カルビというのは、食べているときは祝祭だけれど、翌朝になると少しだけ思想になる。胃も静かにもたれていた。
6時の大浴場が開くまで、僕はベッドの中でスマホをいじっていた。若者の強盗殺人や、プロ野球の監督が捕まったニュースを読む。世の中はずいぶん騒がしい。でも不思議なことに、それはどこか別の惑星の出来事みたいだった。少なくともこの部屋には、寝息と焼き肉の匂いしか存在していない。
みんなを起こさないように静かにサウナの準備をする。昨日、友人が売店でイオンウォーターを発見して冷蔵庫に入れておいてくれた。ネットでは「販売なし」と書かれていたやつだ。人類は月に行ったのに、サウナ施設のドリンク情報はまだ安定しない。あとでサウナイキタイを書き換えてやろうと思う。小さな正義だ。
大浴場までの導線で一度外に出る。雨が降っていた。
淀んだ空を見上げると、さっきまでの平和な気持ちは少し薄くなる。人間の感情はだいたい天気に弱い。
風呂へ向かう途中、トイレを探す。旅先で友人とトイレを共有するのは、なぜか少し後ろめたい。排泄には、どれだけ仲が良くても越えられない国境がある。
洗い場に腰掛け、強めの洗顔でむくんだ顔をどうにか人類側へ戻す。内湯の温泉で身体を温めながら気持ちを高める理由を探したけれど、特に見つからなかった。別に理由なんてなくても、人はサウナに入れる。
早朝のサウナはほぼ独り占めだった。
水風呂は昨日より冷たい。昨日の自分より、今日の自分のほうが少しだけ弱っているのかもしれない。
雨音を聞きながら外気浴をする。
曇った空に、森の緑だけが妙に鮮やかだった。まるで世界がそこだけ丁寧に塗り直されたみたいに。
男
[ 栃木県 ]
チワワはたぶん全部わかっている
初 ホテルハーヴェスト那須
フリー 3セット ¥5500 (宿泊)
友人夫婦と那須へ行った。チワワも一緒だった。
犬は基本的に、こちらが何も悟っていない時にすべてを悟っている顔をする。あれは不思議だ。
宿はいつもの ホテルハーヴェスト。
人は「いつもの場所」に安心する。渡り鳥ですら毎年同じ場所に戻るのだから、僕がサウナへ向かうのも、ある種の本能なのだと思う。
もちろんサウナにも入る。
ただ、ペット棟から大浴場までがかなり遠い。軽い巡礼だ。途中で二度ほど「本当にこの道で合っているのか」と人生みたいなことを考えた。
なんとか到着して、まず温泉で湯通し。
露天の空気には、高原特有の「都会のメール通知を無効化する力」がある。
サ室は82℃。8人ほど入れるサイズで、セルフロウリュ可。
知らない人が静かにラドルを持つ瞬間には、なぜか茶道に近い緊張感が漂う。
ジュワッという音がして、熱がゆっくり降りてくる。まるで天気予報にない夏だった。
水風呂は15℃表記。でも体感は18℃くらい。
サウナ施設の温度表示は、居酒屋の「徒歩3分」と同じくらいには自由だ。
外気浴スペースにはアディロンダックチェアが2脚。
競争率は高い。でも不思議と争いは起きない。サウナ後の人間はだいたい平和憲法みたいになる。
那須の風に吹かれながら、僕はぼんやり空を見ていた。チワワはたぶん、その頃すでに人生の答えみたいな顔で眠っていたと思う。
男
[ 東京都 ]
選択肢なんて存在しないサウナ
② Ledian Spa Ebisu
90分 4セット 自由席
¥1000(チラシクーポン)
レディアンスパは少し高い。
2時間で2900円。指定席をつけるとさらに1000円。サウナ界にも、気軽に話しかけづらい高級寿司屋みたいな場所は存在する。
だから頻繁には行けない。恋愛と高性能ドライヤーの中間くらいの距離感だ。
きっかけは美容室だった。オーナーが「好きそうだから」とチラシをくれた。僕がサウナ好きなのは、もはや地域猫レベルで周知されているらしい。少し照れる。
西麻布界隈に配られていたチラシらしい。うちから徒歩5分なのに投函されていなかったのは興味深い。近すぎる人間は定価でも来ると判断されたのだろう。マーケティングというものは時々、元恋人より人を見ている。
今回は割引価格だった。こういう時、人は「行く理由」を探す必要がない。
前回は朝ウナで2セットのみ。だから今回は予習してきた。導線、ロッカー、サ室の順番。サウナに向かうというより、軽い軍事演習に近い。
13時30分現着。
受付では細かな確認事項が続く。指定席を使うか、水着サイズはどうするか。さらに「飲料持ち込み禁止。見つけたら没収します」と念を押される。何も持っていないのに、なぜか密輸犯みたいな顔になる。
2階へ上がり、水着に着替え、立ちシャワーで身体を洗う。ここからは時間との勝負だ。サウナ施設に入ると、人は急にF1のピットクルーみたいになる。
サ室は80℃、90℃、110℃の3種類。しかし実際には選択肢など存在しない。110℃しか見えなかった。
小さめの室内に大きなモニター。映像はヒーリング系なのに、BGMはリンキン・パークとグッド・シャーロット。森林映像の背後で世界が終わりそうな音楽が流れている。この矛盾が妙に気持ちいい。
9分で限界。9℃の水風呂へ飛び込む。
冷たい。というより、概念としての冬だった。息が冷たくなる。
休憩スペースは内気浴のみ。指定席には高機能チェアが並ぶ。でも平日昼間、空いている時間帯には真実が反転する。自由席のベンチで横になれるのだ。
101℃の落差に脳がゆっくり揺れる。
たぶん人生に必要なものは、それほど多くない。
熱い部屋と、冷たい水と、少し横になれる場所。
それだけで人は案外、ちゃんと生き延びられる。
男
[ 東京都 ]
ちっぽけな自分と下町サウナ
初 押上温泉 大黒湯
フリー 4セット ¥920 大露天側
人は追い込まれるとサウナに行けなくなる。けれど不思議なことに、サウナに行かないとさらに追い込まれる。わりと欠陥のあるシステムだ。
この数週間、僕の調いは、会社の給湯室で紙コップのコーンスープを飲みながら3分くらい遠くを見ることだった。もちろん調う訳がない。コーンスープはだいたい何も解決しない。せいぜい塩分を補給するくらいだ。
向かったのは押上の大黒湯。黄金湯の姉妹店らしい。姉妹店、姉妹都市、姉妹校。なぜ世の中の無機質なものは、だいたい女子として扱われるのだろう。考えてみたけれど、結論は出なかった。たぶん、そういうことを真剣に考える人間は、あまり出世しない。
大黒湯は火曜定休と聞いていた。しかし薬湯の予定表をよく見ると、隔週火曜は営業している。人生にはこういう“抜け道”が時々ある。そして今日は、奥さんが飲み会。つまり僕には、誰にも文句を言われない完璧なサウナチャンスが訪れていた。
18:30現着。
口コミにはPayPay可とあったが、現在は現金のみだった。ネットの情報というのは、元カノの「今でも友達だよ」くらい信用が難しい。
券売機で入浴料550円とサウナ370円を購入。受付に下駄箱札を渡すと、紙のリストバンドとロッカーキーをくれる。
脱衣所は昔ながらの銭湯そのものだった。男女吹き抜けで、中央には古い柱時計。時間だけが昭和から取り残されている。
僕のロッカー横では、江戸っ子ジジイ(敬愛)がマッサージチェアに寝そべり「あ゛ぁ〜」と声を漏らしていた。もちろん金は入れていないので、マッサージチェアは一切動いていない。ただ座っているだけで、なぜそこまで気持ちよさそうなのか。下町には時々、文明を超越した老人がいる。
サ室は90℃。1段。3面遠赤外線。
コンパクトなコの字型で、不思議と落ち着く。
水風呂は内湯と露天に2つ。どちらも22℃くらいなのに、内湯の方が冷たく感じる。露天側は地下水なのか、水がやけに柔らかかった。人間関係もこれくらい柔らかければいいのにと思う。
2階の外気浴スペースには、ベッドチェア、ハンモック、白イスが雑多に並んでいる。寝転ぶと真正面にスカイツリーが見えた。
僕はどちらかと言えば東京タワー派だ。でも目の前で見るスカイツリーは、もはや建築物というより圧力だった。巨大すぎて、自分の悩みも中年太りも、全部どうでもよくなる。しかも隣ではお相撲さんがベッドチェアで休憩していた。僕の中年太りとはそもそも土俵が違う。人間にはサイズという概念があるのだと、静かに思い知らされる。なんだか、自分が少しだけちっぽけに思えるサウナだった。
男
[ 東京都 ]
良い銭湯の条件
初 狛江湯
2時間 5セット ¥1230
昨日の時点で、僕はもう午後休を取る気でいた。人間には時々、まだ起きてもいない未来を先に決めてしまう日がある。だから朝からTシャツにKEENのサンダル、いつもの黄色いスパバッグという、「今日は仕事よりサウナです」という格好で出社した。ほとんど退路を断った兵士みたいなものだ。
しかし会社という場所は、こちらの覚悟を察知すると急に仕事を増やしてくる。メール、修正、確認依頼。まるで水を与えた後の観葉植物みたいに案件が増殖する。
「今日幸せになるか、それとも仕事をするか」
天秤にかける。普段なら社畜的責任感が勝つ。でも今日は違った。限界だった。僕の中の小さな織田信長が「是非もなし」と言っていた。
平日の昼から営業している生活圏のサウナはだいたい行き尽くしている。だから今日は最初から狛江湯と決めていた。
13時30分現着。
リノベ銭湯。外観には「ちゃんとしている人の美意識」が漂っている。黄金湯と同じデザイナーらしい。なるほど、オシャレなのに気取っていない。古着屋にいる無口な店員みたいなセンスだ。
入口の冷蔵庫からイオンウォーター900mlを確保し、KEENを下駄箱へ収監。PayPayで支払い。初訪問だと伝えると丁寧に説明してくれた。本来は時間入りリストバンドらしいが、今日は在庫切れでゴムバンド対応。その代わり少し時間をオマケしてくれる。こういう小さな優しさに、人は案外救われる。
浴室も抜かりない。飲み物用クーラーボックス、ハット掛け、整理された導線。痒いところに手が届くというより、「痒くなる前に処理してくれている」感じ。
熱めのシャワーで洗体し、炭酸泉とジェットのあつ湯で下茹で。シャワーも湯船も熱がしっかりしている。良い銭湯は、温度に遠慮がない。
サ室は90℃、3段。20分毎のオートロウリュ。湿度の作り方がうまい。広い座面に腰掛けていると、「もう今日はこれでいいか」と人生を途中解散したくなる。
水風呂は15℃。深め。なのに体感はもっと冷たい。手足がしっかりキンキンになる。
内気浴の椅子に座り、送風を受ける。
その瞬間、午後の仕事たちは、全部どうでもよくなった。たぶん明日になればまた困る。でも人間には、ときどき“今日だけ勝てればいい日”がある。今日はそういう日だった。
男
日程や人数、部屋数を指定して、空室のあるサウナを検索できます。