初見サウナとホームサウナ
サウナの楽しみは数あれど、大きく2つに分けられるのではないか。つまり、初めて行くサウナ施設の楽しみと同じサウナ施設に何度も通う楽しみである。
2018年6月に発刊された『SPA & サウナ &日帰り温泉 完全ガイド』(晋遊社、2018)をバイブルとし、さらに2018年9月に「サウナイキタイ」という強力なツールを発見し、私は未踏のサウナ施設へ積極的に行くようになった。
一方で、職場近くに優良サウナ施設を発見し(これもまたサウナイキタイのおかげであった)、何度も同じサウナ施設を訪れることの楽しみも知った。
そういったことについて書きたいと思う。
まず初めて行くサウナ施設の楽しみについて。
小説家の保坂和志は「コンサートの始まりは、コンサート会場が暗くなった瞬間ではなく、コンサートに行くために家を出たとき」(保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』)と言っているが、サウナ体験はそのサウナ施設へ行こうと決めた時から始まっている。
なんなら、サウナイキタイで「イキタイ」登録した瞬間から、サウナ体験は始まっているのかもしれない。サ活やホームページを見て期待を膨らませ、下駄箱、受付、ロッカールーム、浴場は3階、なんてことまでシミュレーションする。
ホームページで見たサウナ室や水風呂を想像し、サウナイキタイに登録されたその温度でヨダレを垂らす(さながらよだれ兄弟のごとし)。
初見サウナの楽しみは、行く前のそこにある。
実際にサウナ施設へ足を踏み入れれば、シミュレーションどおりには決していかない。
ここでどうすんの? え、こっちに行けないの? あ、これはサ活どおりだ、よかった。なんつって脳内で一人言を並べ立てることになる。うわ、このままだと裸でエレベータに乗っちゃう、やばい! とか。
浴室へ入り、サウナと水風呂へ挑む時も周囲をよく観察しながら、郷の掟を察しつつである。しかし、いつもの自分のペースも譲れない。偶然居合わせたサウナ利用者たちとの、無言のコミュニケーションである。
浴室を出て休憩室へ行くと、座席が一つも空いてない…などと惑ったりする。メニューを見て、サ活でオススメされていたものを思い出すも、店員さんを呼び止めるタイミングを逸したり。
事前に想像するからこそ実際の惑いが楽しい。出来事の一つ一つが脳内に刻まれるのである。
今年(2019年)、私はそんなように、いくつかの初見サウナを体験した。
まずは静岡のしきじへ行くことができた。感動的な体験であった。何度もシミュレーションしていたにもかかわらず、券売機でまごついた時には焦った。水風呂は想像をはるかに超えた気持ち良さだった。そして前評判高い味噌汁が、実際に美味かった。
また、ドラマ『サ道』のツイッターでの抽選にあたり、大磯のTHERMAL SPA S.WAVEへも行けた。マーベラスな、ラグジュアリーな体験だった。ドラマで見たよりも美しい光景が広がっていた。
駒込に同窓の先輩がいて、ロスコに行けた。寝転んだ。マルシンスパにも行った。世田谷の街を眺めた。ユーラシアも行った。シラカバのロウリュで「サ界の白樺派」を自称し始めた。
上野の美術館の帰りに、萩の湯にも行けた。愛を感じた。銭湯サウナで言えば、三重・桑名の七里のわたしゆも良かった。なんの変哲もない銭湯サウナだからこそ印象に残った。改良湯も行った。今では何度も行っている。アクア東中野も良かった。中野に寄ったらマストで行くようになった。
初見のサウナは、もしかするともう行けないかもしれないサウナである。一方で、馴染みのサウナになる可能性を秘めてもいる。
まだ見ぬサウナが全国に、全世界にある。
次に、同じサウナ施設に何度も通う楽しみについて。
昨年(2018年)、神田のセントラルホテルを見つけてからというもの、私のホームサウナはかのサウナである。
哲学者の野矢茂樹は「考えるとは、チューニングすること。いろんなことをして、いろんなものを見て、いろんなことを感じて、「あ、これだ!」という声に耳を澄ますこと。」と著書『はじめて考えるときのように』で書いているが、同じサウナ施設を楽しむにあたっては、この「チューニング」という言葉がぴったりではないだろうか。
つまり、同じサウナ施設を訪れる醍醐味は「いかに慣れるか」なのである。その日の自分の体調、居合わせた他のサウナ利用者たちとの兼ね合い、これまでの経験。全てを総合し、最適かつ万全な「ととのい」を目指す。
時として新たな発見や、マイナーチェンジによる対応を求められることがある。こんなところにこんなものが? とか、これめっちゃ便利やん! とか。
神田のセントラルホテルには外気浴がなく、休憩スペースの不足に不満を抱いていたのだが、ある日扇風機の存在に気がついて、水風呂後に当たりに行くようにしたら、そんじょそこらの外気浴よりもよほど良いことに気がついた。
また、ドシー五反田にもよく行くのだが、ここは今年の後半頃から少しサウナ室の温度が下がった。残念に思っていたのだが、先日訪れた際、気まぐれにいつもの2段目ではなく3段目に座ってみたら、セルフロウリュ時の蒸気の当たり具合が抜群に良かった。2段目に安住していては気がつけなかったことである。
大井町のおふろの王様も何度も訪れている施設であるが、今年の11月にリニューアルされた。リニューアル後初の訪問は、まるで初見サウナのようだった。漢方塩蒸風呂(スチームサウナ)の改良が素晴らしかったので、これまで以上に頻繁にいくことになるだろう。
まったく、探索の楽しみは尽きない。
これからも、何度でも同じサウナに通おう。
(というようなことをドラマ『サ道』は描いていたなあと思う)
いずれにせよサウナに入ったら、余計なことは考えない。頭の中を空っぽにするのともまた違う。今ここに集中し、汗をかく。身体がタイミングを伝えてくれるので、そっと水風呂へ入り、冷たさに浸る。風に当たって、身体が内側から温まっていることを見失わないようにする。
嫌なこと、どうでもいいこと、疲れ、焦り、苛立ちがすっと止んで、眠る。明日嫌なこと、どうでもいいことがあるとしても、なんとかなると思える。
涙に滅ぼされちゃいけない
毎日には なおす力がある
失敗のはじまりを反省する時も
最低な気分で
額打ちつけてざんげする夜も
その力はくる 魂を救う
(小沢健二『失敗がいっぱい』)
毎日にサウナがある。サウナに入れる私たちである。感謝。
無言のコミュニケーション 同感!同感!
初めても馴染みの施設も、ひとつとして同じ体験はないですよね!サウナに感謝!
いいですね~~紹介されたところ 皆行ってみたくなりました!