家族のように迎えてくれるサウナ「SAUNA IDYLL」で心からあたたまった日
2023年にドイツで行われた国際サウナ会議にサウナイキタイが日本代表として参加してきたことをきっかけに始まったドイツのサウナ連載。
突然ですが、あなたはどんなサウナが好きですか?大型のスパ施設、小さな個人経営サウナ、銭湯のような地域密着型、オートメーション化された近代的な貸切サウナ…。色々ありますよね。
もし家庭的であたたかみのあるサウナが好きだったら、東ベルリンにある「SAUNA IDYLL」を訪れてみてください。きっと心が動かされ、活力が満ち、これまで以上に人生への希望をもてるようになるでしょう。IDYLLに通う穏やかな日々を想い描くだけで「きっと未来は明るい」とさえ思えてくる。大げさかもしれませんが、そんなことを感じさせてくれるサウナです。
東ベルリンの住宅地にある自宅を改造したサウナ
SAUNA IDYLL(イディル)はベルリンの中心街から車で20分ほどの、東ベルリンの住宅地にあります。向かっていると「こんなところに本当にサウナがあるの?」とちょっと不安になるほど。注意深く地図をみないと通り過ぎてしまいそうになるような、住宅地のど真ん中で営業しています。それもそのはず、もともとオーナーが自宅を改造して始めたサウナだといいます。考えてみれば日本の銭湯でも「こんなとこに?」って場所のことありますね。
ガーデンプールと薪サウナの楽園
IDYLLの中庭へ出ると、そこには楽園が広がっていました。本を読む人、ビールを飲む人、ガウンにくるまって空を仰ぐ人。みんな思い思いにくつろぎながら、時を過ごしています。立ち振る舞いや持ち物を見るだけで、彼らがツーリストではなく、IDYLLの常連さんであることがわかりました。この光景を目にしただけで、すでにグッときます。たまらないですよね、こういうローカル感全開のサウナ。
中庭の中央にはプールがあり、その脇に薪サウナ小屋がありました。薪サウナの天井にはびっしりと植物が根付いていて、煙突は蔦に覆われ、自然と一体化していました。思わず「美しい…」と声に出てしまうほどの佇まい。まるでスタジオジブリの世界に迷い込んだような気分になってきます。
サウナ室は6名ほどが入れる広さでどっしりと熱く、薪の爆ぜる音、ほんの少しの光だけがあるだけの静謐な空間でした。居心地がよく、それでいてロウリュで湿度をあげるとたちまち熱の塊に襲われるような力強さもあわせもつ、理想的なサウナ。もし将来自分のサウナをもつなら、こんな小屋にしてみたいと思わせてくれるような、削ぎ落とされた魅力をもっていました。
しっかりと汗をかいてプールへ飛び込む。10月のベルリンの水は14度ほどで、ゆっくり泳げる温度ではありませんが、芯までクールダウンすることができます。ガウンにくるまって椅子へ腰掛ける。煙突から立ち上る煙を眺め、花の香りに気づき、風に頬を撫でられる。隣に座っていたご婦人は目を閉じたまま、幸せそうなほほえみを浮かべてくつろいでいる。いいなあ、近くにいるだけで、こちらまで心地よさを分けてもらえる気がしてしまう。
なんてことだサウナの神よ。ぼんやりと思い描いていた自分にとっての理想のサウナ、それが突如として目の前に現れてしまったのかもしれない。静かで熱い興奮が、全身を包んでいました。
先代と手作りしてできた施設
「日本からサウナを目的にうちへ来たお客さんは、あなたたちが初めてかな。よくきてくれました」と迎え入れてくれたのは、オーナーのセバスチャンさん。
IDYLLの開業は1990年。セバスチャンさんのお父さんがベルリンの壁崩壊後に「これからの人生は好きなことだけをしよう」と考え、自宅を改造してサウナを手作りしはじめたのがきっかけでした。
幼い頃のセバスチャンさんも、お父さんのサウナづくりを手伝ったそうです。「ドイツの人たちは、ホームセンターがあれば大抵のものを作れるんです」と教えてくれました。まさか本当に手作りとは…脱帽です。
ふと「こんにちは」と日本語が聞こえてきました。なんとセバスチャンさんの奥様は日本人! 思わぬ出会いにお互いテンションがあがります。奥様のかずみさんは、セバスチャンさんとの結婚を機にサウナ業を手伝いつつ、麹学校の講師もしているとのこと。昔のアルバムを出してきていただき、IDYLLについての話を聞くことができました。
「お客さんはほとんど全員常連さんですね。曜日ごとに来る人が決まってるほどなんです。月曜日のお客さん、火曜日のお客さんなんて具合ですね。お客さんのなかには〝明日は行かないから〟ってわざわざ電話してきてくれる人もいるんですよ。長い人だと30年通ってる方もいらっしゃいます」と話してくれました。
「家みたいにリラックスしすぎて、お金払うの忘れて帰っちゃうお客さんもたまにいますね」なんて話を聞いている時も、常連さんがあれこれ用事で立ち寄って2人と話していて、なんだか幸せを絵に描いたような空間に心から癒されました。
IDYLLは家族になれる場所
かずみさんは「常連さんはIDYLLの応援団であり、家族みたいな存在なんです」と話します。
「電話一本で駆けつけてくれるオリー。サウナの薪をときどきトラックで届けてくれる木こりのフランク。私達はサウナを提供すると同時に、常連さんからのサービスを受けている立場でもあります。小さな良い循環があるんです」
家族のように接してくれるお店と、家族のように接してくれる常連さん。そんな人たちがいる空間がいかに素晴らしくて美しいかを、ぼくらはよく知っている。かずみさんの話を聞きながら、心が震えるのを感じます。
「お客さんの中にはパートナーが先立ってしまった人もいる。でも、いつものサウナの日にいつものように家を出てここへ来れば、必ず誰かに会えるんです。変わる日常のなかに、変わらない時間がある。IDYLLは地元の人にとって、家以外に落ち着けるもう一つの居場所なんじゃないかと。外からこのサウナの営みに入ってきた者として強く思います」と話してくれました。
店名のIDYLLは「楽園」を意味する言葉。本当に名前通りの場所なんだと実感しました。
正直いうと、IDYLLを記事で紹介するかはちょっと悩みました。常連さんを大切にする施設だからこそ、空気感を壊したくないという思いが頭をよぎったからです。でも、かずみさんが「セバスチャンどうする?ウチ有名になっちゃうかもよ!」と楽しそうに話していたので、掲載させてもらおうと心を決めました。
かずみさんは「読者のみなさん、ぜひサウナに入りに来てください。夫は今日も淡々とサウナをオープンしています。時々薪を入れすぎるお客さんとケンカをしながらですけど」と笑っていました。控えめだけど優しく、信念をもって仕事にあたるセバスチャンさんと、明るく人を惹きつけるかずみさんの人柄は、サウナ以上に人を癒しているに違いありません。
もしあなたがベルリンを訪れることがあったとき、大型スパやモダンで都会的なサウナより、人のあたたかさを感じるサウナを求めるなら、SAUNA IDYLLを訪れてみてください。「おじゃまします」という感覚さえもっていれば、IDYLLのみなさんはあたたかく、あなたを家族のように迎え入れてくれるはずです。
SAUNA IDYLL
URL:sauna-idyll-biesdorf.de
料金:4時間€17.00〜
アクセス:ベルリン中心街から車で30分ほど
IDYLLはサウナと同じくらい、美味しいビールが自慢。セバスチャンさんは本当に丁寧に一杯を作っていて、バーテンダーとしての風格も漂わせています。
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記事を書いた人
「キャンパーをサウナに、サウナーをフィールドに」がテーマ。テントサウナが楽しすぎるので勝手に布教しています。みんなアウトドアでサウナしよう!