大豊湯
銭湯 - 北海道 札幌市
銭湯 - 北海道 札幌市
大豊湯には家族風呂が併設されている。
もっとも、家族のいない私は入ったことがないし、今後も多分入ることはない。
店先の喫煙スペース、見上げれば今日も「家族風呂」の真っ赤なネオンが眩し…くない。
壊れているのか「家族」の2文字が死んでいる。闇夜に向かって「風呂」という大胆すぎるメッセージが放たれていた。
家族が壊れ、消えた。なぜかドキッとしてしまった。
先述の通り、私には家族がいない。この場合の家族は「嫁と子供」を意味する。
これは胸を張るようなことではないが、かといって卑屈になるようなことでもないと思っている。
しかし、だ。光を放たない「家族」にドキッとした自分は卑屈でないと本当に言い切れるのだろうか。静かなサウナ室で自問自答を繰り返した。
突然、勢いよくサウナ室の扉が開いた。小学生だろうか、2人の少年が飛び込んできた。
「ヤバい!熱い!」
「無理無理!」
と騒ぎ散らし、嵐のように去った。
(家族に対する俺の憧れが生んだ幻影か?)
一瞬そう思ったが、間違いなく実体のある少年だった。
おそらく兄弟なのだろう。妙に気になってしまい、その動向を目で追った。
サウナ室の秩序を乱したのはいただけないが、その他は概ね行儀よく過ごしていたようだった。そして私はあることに気がついた。
父親の姿がない。
時刻は20時。年端も行かない兄弟だけで銭湯に来なければならない理由は、私が40にして独身であることよりもはるかに切なくて哀しいはずだ。
彼らもまた、消えた「家族」に胸を痛めたかもしれない。
最後の水風呂を終え、彼らに数分遅れて湯を上がった。
店先の喫煙スペース。やはり「家族」は光を失っている。
寒風の吹く夜道を進む兄弟はさぞ心細いだろう。そして彼らの帰る先には誰が待つのか。いや、誰かは待つのか。
咳こむ私の眼前を、駐車場から飛び出してきた車が横切った。
母親の運転する車の後部座席であの兄弟がメチャクチャ笑いながらSwitchに興じていた。
おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。
コメントすることができます
すでに会員の方はこちら