ニューウイング『からからジール』制作の裏側

ニューウイング『からからジール』制作の裏側

サウナマンことまっちゃんと申します。
サラリーマンをやりながら、『サウナマン』という漫画を監修させていただいたり、サウナにまつわる活動をしています。

漫画ルームのお気に入りポジでゴロゴロしながら「なんかこの話前読んだことある気するな。どこまで読んだっけ?5巻?まあとりあえず読むか」と3回目くらいの4巻を読んでいると、どこからか声が聞こえた。

《なにか、忘れていないか?》

その刹那、脳内に光の筋が交差し、ラジオの軽快なトークがこだまし、全身の皮膚に焼けつくような感覚が走った。思わず顔面に落とした漫画を払いのけながら「そうだ、『からからジールサウナ』のこと、書かなきゃ」と思った。「からからジールサウナ」とは、2022年6月に錦糸町のサウナ施設「ニューウィング」に新設されたサウナ室のことだ。

自分は当時サウナ関連の企業に務めており、どんなサウナにするかの取りまとめ、工事の取りまとめなどの役割でこのサウナ室の制作に携わった。支配人吉田さんの思いは色んなところで語られているが、少し違った立場から、このサウナ作りの裏側を残しておければと思う。

錦糸町ニューウィング

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ニューウィングはサウナと水風呂の良さはもちろん、浴室館内のすみずみにまで満ちる工夫とホスピタリティ(“罠”という人もいる)、支配人の人柄で多くのファンを抱える、都内でも屈指の人気施設だ。

その人気の反面としてサウナ待ちの列ができたり入場制限がかかることが常態化していた中で、支配人から「少しでも快適に過ごしてもらうために、新しいサウナ室を作りたい」と相談があったところから、「じゃあどんなサウナ室にしましょうか」の議論が始まった。

ニューウイング 吉田支配人ニューウイング 吉田支配人

「からからジールサウナ」のコンセプトは、吉田支配人の中ではわりと早い段階で固まっていたようだった。ちなみに「からから」とは、サウナにおいては湿度が低い状態を指す言葉で、「ジール(ZIEL)」とはサウナストーブの名称である。

湿度が高めな既存サウナ室「ボナサームサウナ」「テルマーレ改」を引き立たせ、“3つで1つ”なサウナにするためには、「からから」な熱が相応しい、という観点がひとつ。

もうひとつは、昨今のサウナ的なトレンドとして「ロウリュ(サウナストーンに水をかけて蒸気を発生させること)による断続的な熱さを、ある種エンタメ的に楽しむ」が主流になりつつある中で、もちろんそれもいいのだが、「単にサウナ室のジリジリとした熱さを、淡々と楽しむ」という、オールドスクールなサウナの楽しみ方を改めて提示するサウナ室があってもいいんじゃないか。
令和に新設するサウナ室であえて昭和的な体感を打ち出すことで、昔からのサウナ好きにはどこか懐かしい気持ちになってもらえる、最近サウナを好きになった人には「こういうのもいいな」と思ってもらえる、そんなサウナ室が作れたらいいんじゃないか、ということだった。

sauna03引用 https://metos.co.jp

ところで、サウナに詳しい方の中には「でもジールって、ロウリュに強いのがウリのストーブじゃないの?なんでからからサウナにロウリュ向きのストーブなの?」と思われる方もいるだろう。

そこは支配人の巧みな部分で、「あえてのからから」コンセプトに確信があったとはいえ、サウナ室の新設は大きな投資。

ロウリュに耐えうるハイパワーなストーブであればアツアツからからセッティングもしっかりこなせるのはもちろん、万が一「あえてのからから」がウケなかった時のために「しっかりロウリュもできる」という奥の手も持てるということで、名前にも冠する「ジール」を採用する運びになったのだった。

大胆かつ繊細、とはこういうことかと思ったりした。

どんな形に

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支配人の中ではそのような狙いとコンセプトがあったわけだが、では実際のサウナ室として、どんなものにしていくか。どんなデザインで、どんな寸法で、どんな材料で…を提案していくのが自分の仕事なのだが、正直プレッシャーがすごかった。

先に書いた通り、ニューウイングは多くのファンを抱える人気施設であり、個人的にもサウナを仕事にする前からいちファンとして足繁く通っていたサウナである。

今の仕事を始めて担当になってからは自分のサウナオタクぶりを面白がってくれて、ニューウィング第二のサウナである「テルマーレ改」も手掛けさせてもらったが、どちらかといえば既にあるものの改修という面が大きかった。

t2020年2月に改修したテルマーレ改

そこに来て今回、いよいよニューウィングの新しいサウナ室を、イチから作るわけである。中途半端なものを作ってブランドを傷つけ、今のファンやこれから来るお客さん、任せてくれた支配人をがっかりさせるわけにはいかない。

ましてや24時間営業の施設で新サウナを作るとなれば営業をしながら工事を進めるわけで、「できるっぽいぞ」という噂は広まり、事前の期待値も高まる。そのハードルに対して、何かあっと驚くような、斬新なものにすべきなのではと何度も思い悩んだ。

だが一番大事なのは、いっとき驚かれ話題になるサウナよりも、長く愛されるサウナを作ること。自分が知る限り長く愛されるサウナの多くは、地に足のついた、基本に忠実なサウナだ。

全体としては奇を衒わず、基本に忠実に。でもせっかく吉田支配人と仕事をさせてもらえるなら、一つずつの要素について、「いつかやってみたかった事」をぶつけてみたい、と思った。

こだわりの詰め合わせ

サウナ室は壁、ベンチ、天井など様々な要素で構成され、それぞれどんなデザインで、どんな材料を使い、どんな仕上げで作るか…という中で、ある程度標準仕様というか「これで十分」というラインがある。

もちろん標準仕様のサウナもしっかり良いものだし、標準以上にこだわって作ったサウナも色々あるが、それでも今までサウナを作ってきた中で、「必ずしもやらなくていいのでやってこなかったけど」「いつかやってみたかった事」が色々あった。

細かく書くのも野暮かもしれないが、せっかくなので思い出せる限りでポイントを挙げてみる。だいぶマニアックかもしれないので、興味のある方だけ読んでもらえれば。

レイアウト

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足元がストーブより高く、また座面が天井に近いことにより安定した熱を感じられるレイアウトを採用した。フィンランド式のサウナに多い形式だが、空間効率的には贅沢な作り(上段にしか座らない)なので国内で採用する施設は多くなく、自分としてもあまり作ったことのないレイアウトだった。

もともと混雑緩和が起点だったため、ひな壇タイプなど収容人数の多いレイアウトをメインに「ちなみにこういうのもアリですよね」くらいで複数案を出した中の一つだったのだが、支配人はわりとピンときたようだった。(もちろんひな壇タイプ等では安定した熱が感じられないというわけではなく、比較すればの話だ)

支配人的には、「導線がシンプル」「どこに座るか迷わなくていいのがいい」と思ったのと、もともと「からから」のコンセプトから連想して「昭和」的なイメージを持っていた中で、このレイアウトに昭和っぽさを感じたらしい。自分的にはクラシックなフィンランドスタイル、日本においてはわりと今っぽいイメージで提案をしたのだが、支配人の中ではいくつかの老舗サウナ室が思い浮かんだとのことだった。

ベンチ

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ベンチの太ももが当たる角の部分(「框=かまち」 と呼ぶ)には切れ目のない長い一本材を使用した。また角にヤスリをかけて丸める加工について、通常よりも滑らかに丸めた(「アール」をつけた)。切れ目がないぶん工場での加工や搬入が大変になってしまった。

切れ目があったり角ばってるといけない事は特にないのだが、切れ目がないと少しだけかっこよく、丸まっていると少しだけ感触がいい気がするので、たまにその作りを見かけると「イケてるな」と思っていた。

空気の流れ

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「からから」のコンセプトに対し、最もこだわったのはこの点かもしれない。サウナでいう「からから」の言葉は「息苦しい」というマイナスイメージを含む事も多い。それを払拭し、アップデートされた令和のからから、「気持ちいいからから」を目指すべく、サウナ室の構造によって空気の流れ、対流を良くすることを試みた。

具体的には、多くのサウナ室では吸気口やドアの開閉で入ってくる新しい空気を部屋全体で取り込むが、そうではなくベンチやステップの下といった「通り道」を通してストーブ下部に流し込み、上昇気流で人が座る上段部分を温める作りにした。

いわば「煙突効果」をサウナ室全体で作り出すことによって、上段部分の温度が安定し「ドアの開閉が多くてもしっかり熱い」とともに、空気の循環を良くし「息苦しさが少ない」ことを狙っているが、皆さんの体感としてはいかがだろうか。

壁

壁の仕上げ材は一般的なものよりも幅広のものを使用した。国内では幅広の壁材はあまり見られず、おそらく海外と比べて高めの温度設定が多いために反ったり縮んだりしやすい事が理由ではと思っているが、今回はなるべく反りや縮みが少ない作りの幅広材を材木屋さんに特注した。

特別機能面の違いはないかもしれないが、海外のサウナの写真とかでたまに見かけて「イケてるな」と思っていた。壁の中に入れる断熱材にも、一般的に使うものよりもグレードの高いものを採用した。マグボードの40kを使うことでが、より熱が逃げにくいかもしれない。

ストーブ背景

また壁材やレイアウト含め全体としてはわりとフィンランドテイストな、昭和というよりは今っぽい感じの雰囲気に仕上がったので、ストーブ背面のタイルには昭和っぽいものをセレクトしてみたが、そうでもないだろうか。

仕上げ材

仕上げ

壁、ベンチ、スノコ等の仕上げ材には「アバチ」を採用した。アバチは日本の桐と似た性質を持つアオギリ科の木材で、良く使用される「ヒノキ」や「スプルス」と比較すると木の中に空気が多く含まれていて熱くなりにくいという特徴があり、個人的には熱の当たり方が柔らかくなる感覚がある。

今は木が馴染んでいないためアツアツかもしれないが、馴染んでくると柔らかくなってくる…かもしれない。

照明

照明

通常の照明に加え、ベンチの下からライトを上に向け、隙間から漏れた光が天井に当たる、木漏れ日をイメージしたライティング演出を施した。これもたまに見かけて「イケてるな」と思っていた。ちなみに照明には調光機能を付けたので、明るくすることも暗くすることも可能だ。

半個室部分(通称「ヌシ席」)

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改装前には倉庫として使っていたスペースを面白く使えないかという話になり、「基本に忠実に」と言いつつここは遊び心を出した。斜めの背もたれは場所を取ってしまうため採用している施設は多くないが、せっかくスペースができたのでやってみた。

背もたれはルーバー状(細長い板を隙間を空けて並べる)にし、背中に触れる面積を減らすことでもたれても熱くなりにくいようにした…が、結局熱いかもしれない。

天井

天井

ソーラトンの軒天用を採用。内装用のものより、湿気に強い。それと内装用のものより金額も高い。今回はからからなので、湿気は気にしなくてもいいのだが、今後ロウリュをするかもしれないことも加味すると、軒天用にしてみた方がいいだろうと思い、からからでもスペックしてみた。

もっと細かい事も色々あるが、いったんこのあたりにしておこう。

こんな具合に「いつかやってみたかった事」を詰め込ませてもらったのだが、逆に言えば「やってこなかった事」でもあり、予算を通す支配人の立場からすれば、「必ずしもやらなくていい」のにお金がかかったり大変な事は、普通に考えたらやりたくないはずである。

なぜこんなわがままを通してくれたのか?吉田支配人に聞いてみると、「お客さんとの“無言のコミュニケーション”になるなと思ったから」と言った。

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いわく、たとえば音楽でもアニメでも料理でも、「ここでその音色使うんだ!」「その演出入れるんだ!」「この材料使うんだ!」というような、「わざわざ説明はしないけど」「オタクは気付くこだわり」みたいなものがあり、そこに気付いたオタクは熱心なファンになるし、はっきり気付いたり言語化できなくても「なんかわかんないけどいい」みたいな伝わり方をしたりする。

一見「言わなきゃ誰も気付かないでしょ」みたいなこだわりが、意外と伝わってファンを増やしていく事がある、と。自身を振り返っても、サウナでも他の事でも、そういう風にファンになったものって確かにある。さすがの視点だと思った。(今回こうして書いてしまったのだが笑)

冷や汗をかきながら

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そうして普段やらない事を詰め込んだので、やっぱり工事は難航した。加えて、支配人としてはレディースデーでのお披露目を決めており、参加される方がスケジュールを調整しやすいように早めに日程を発表したため、なんとしてもそこに間に合わせなければならない。

支配人の夢に何度となくうなされながら、迎えた試運転の日。できあがったサウナに初めて入る時はいつになっても緊張する。構想や設計段階でどれほど一生懸命考えても、実際の体感はできあがってみないとわからないからだ。

ましてやニューウイングのブランドを背負って、慣れない事をあれこれやって、もしも上手くいってなかったら…冷や汗をかきながら3つめの真新しい扉を開けた。が、数分後には「熱い!」「水風呂入りたい!」と本物の汗まみれでサウナ室を飛び出していたので、ある程度成功ではないだろうか。

緊張重圧もろもろを冷水プールで解き放ち、ミストと風の滝を浴びながら、達成感に包まれて目を閉じる。これは役得というものだろう。

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からからジールに入った後にはボナやテルマーレの湿度が恋しくなったり、また今度はからからが恋しくなったりと、支配人の狙い通り、お互いを引き立て“3つで1つ”なサウナに仕上がったように思う。「テルマーレ〇分で予熱してからボナ○分でじっくり蒸し、からから○分で仕上げ」みたいなハシゴ使いも大いにありで、いろんな組み合わせを試してほしい。

後日支配人に聞いたところによれば、サウナ好きのお客さんはもちろん、長年通ってくれているけど一度も喋った事のない常連さんまでが、テンションが上がって思わず「いいじゃん」と声をかけてくれたりするそうだ。それだけでも作って良かったなと思える。

最後に、期間限定ではあるがサウナ室の温度、天気、外気温、ヒーターの稼働率などのログデータを取得することができたので、支配人の許可をいただいて、試しにここで公開してみる。

logログデータを拡大

自分は分析が得意なわけではないのだが、たとえば日々セッティングを調整している支配人として「ヒーターが動いて温度が上昇しだすまでに時間がかかる気がする」の肌感があり、そこに「ある日の1時間ごとの温度推移」データを合わせてみると、実際に「設定上の上限温度に上がって一度ヒーターがストップし」「下限温度にまで下がってヒーターが再度起動するまでの時間」が比較的長くなっており、すなわち「温度が下がりにくい」サウナが実現できているのかも…?みたいな事が見えてきたりしている。

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もし分析が得意な方や、気になった事がある方がいたら、ぜひご連絡ください。サウナ室はできて終わりではなく、育てていくものなので、みんなで育てていきましょう。

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2024.05.14 16:44
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