北軽井沢スウィートグラス
キャンプ場 - 群馬県 吾妻郡長野原町 宿泊者限定 事前予約制
キャンプ場 - 群馬県 吾妻郡長野原町 宿泊者限定 事前予約制
【サウナ体験記:スウィートグラスにて】
2025年4月2日 AM11時。
あなたはなぜ、新年度早々、こんな時間に、こんな場所に出歩き、私とすれ違っているのだろうか。
全ての成人が、お互いにお互いを警戒し、少しの隙も見せずに、どこで精神的優位性を得ようかと他人を観察する。
まさに、紛れもない新年度初日。
昨日をもって休職した私には、それに相応の社会的身分がある。
長らく情緒的消耗を伴い、愛情を持ちながら奉仕した職場――こんな日が来るとは。
この気持ちは傷心なのか?
いや、これは人生のモラトリアム期間。
きっと幸せに違いない、と私は自分に言い聞かせる。
でも、目的地は?
人は人生の旅行者である。
社会的役割が軽減されようとも、立ち止まることは許されない。
物理的に立ち止まろうとも、空間も時間も未来へと進み続ける。
ならば、目指さねばならない。
そこに何も見えなくとも、思いを馳せる。
過去を振り返り、私はどこを目指していたのか。どこに癒しを求めるのか。
実家に帰るか?
この社会から離れ、海外へ行くか?
あるいは、愛しい過去に慰めを求めるのか、
未知なる未来に賭けるような愛を探すのか
答えは出ない。
だが、それ自体が答えであり、
この世の「業」である。
だからこそ、今を立ち止まっていても仕方がない。
やりたいことをやる。
生きているのは、常に「今」だ。
過去が悲しくても、未来が不安でも、
「今」をおろそかにはできない――「今」— — それが人生の設定だ。
短期的予後を見据えて旅に出る。
東京から軽井沢へ、そして軽井沢から北軽井沢へ(タクシー代:トータル10,500円)。
そこにあるのは「スウィートグラス」。
別名Holy Grass(聖なる草)。
魂を浄化するために欧米で知られるこの名のもと、
私はここに来た。
全てを捧げて生きてきた。
私がいなければ、身体的にも精神的にも回復が得られなかった患者も多くいたはず。
私には、確かに熱い犠牲心があったし、全てを愛を持って包み込もうとしてきた
だが、最近はバーンアウト(燃え尽き)を自覚し、
燃え滓は静かに鎮火を待つしかなかった
目的(地)を見つけた。
少なからずコミットした「素敵な出会い」を求めて、ココへ来た。
その先にあるのは、人間特有の楽観的思考に基づく欺瞞的な幸せか、
あるいは、苦しさを伴う深い学びか。
第二項へ続く
コメントすることができます
すでに会員の方はこちら