サウナニュー大塚
温浴施設 - 東京都 豊島区
温浴施設 - 東京都 豊島区
「東京の空は」と彼女は言った。「上にしかないね」
そう言われて横を見た。渋谷の公園通りからはオフィス街が見え、後ろには繁華街のネオンがきらめいて、ネオンよりも多いんじゃないかと思うほどの群衆の頭が見えた。
当時、上京してまだ数ヶ月だった僕には渋谷のそういった光景はまだまだ異質に思えた。
「私の育ったところは横にも空があったんだよ」と彼女は笑った。
僕だってそうだ。
僕らはそのまま深夜の代々木公園で空が白けてくるまで飲み慣れないお酒を飲んで、夢の話をした。お金もなかったから、つまみになるようなものは夢の話ぐらいしかなかったし、なによりもよく合った。
酔いつぶれそうになりながら、代々木公園の歩道の上に大の字で寝転んで見上げる東京の夜空は紫色だった。
十数年前の当時と変わらない四角い紫色の空が東京・大塚のサウナニュー大塚の外気浴スペースからのぞいていた。
サウナでほてった体を初夏の生ぬるい風がなでていく中、僕は彼女の言葉を思い出していた。
「東京の空は」と僕は思う。「上にしかないね」
でも、と僕は続けたい。
でも、上にしかない空の下で戦う人たちもいるべきなんだ。僕らの子ども時代みたいに田んぼの畦道で、自転車に乗りながら、両手を離す。そうしたら、きっと空をつかめてしまいそうな気がするだろうね。もちろん、そういった世界の人たちもいるべきなんだ。それはどっちが上とか下とかではなく、さまざまなそれぞれの美しさの話なんだ。
そんなことを考えながら、僕は上にしかない東京の空を見上げる彼女の横顔と、お酒のせいか、ほのかにピンク色に染まっていた頬を思い出していた。
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