[連載] 公衆サウナの国 フィンランド 後編「日本のお風呂とこんなに似てる」
サウナイキタイ愛用者のみなさん、Moi!
フィンランド在住のサウナ文化研究家、こばやしあやなです。
前回に引き続き、著書「公衆サウナの国 フィンランド」序章の後半部分をすべてプレ公開いたします!
前編では、フィンランドのサウナ文化は意外と日本のサウナと違う点が多いという話題をお届けしましたが、後編では、フィンランドのサウナ文化はむしろ日本のお風呂文化のほうにそっくり!?…という話題を検証していきます。
サウナ愛好家やフィンランド好きのみなさんはもちろん、今回はとくに、お風呂や銭湯が好きな人、銭湯経営者の方などにもぜひ読んでみてほしいです。そして今回もまた、最後にフィンランドからの素敵なサウナグッズ・プレゼント企画があるので、お見逃しなく!
フィンランド人のサウナ文化と日本人のお風呂文化は、こんなにも似ている
さて、ここまでの話だと、フィンランド・サウナと日本のサウナとはスタイルも価値観も違うことばかりじゃないか……と、日本のサウナファンのみなさんを、初っ端から当惑させてしまったかもしれません。ですが、フィンランド人のサウナ文化は、むしろ、日本人のお風呂文化との類似性や相互交流の可能性にもっと着目すべきだというのが、筆者の持論です。言うなれば、世界のどの国民よりも、お風呂好きの日本人こそが、フィンランド・サウナの真髄に共感できる潜在能力を有しているに違いないのです!
そもそも、いまも昔もフィンランド人にとってのサウナは、日常的に身体を清める場所であり、療養やリラックスをする場所であり、そして、誰かとの団欒を楽しむ場所。まさに、日本人にとってのお風呂の位置づけそのものではないでしょうか。実際に、フィンランド人のサウナと日本人のお風呂との間には、数々の共通点が見つかります。ここで五つの代表例を挙げてみましょう。
一.素っ裸のリラックスタイム、ここに極まれり
フィンランドのサウナと日本のお風呂の、核心とも言える共通点、それは「素っ裸で健全に楽しむ」ということです。ほかの多くの国のスパや温泉では、水着着用が一般的。けれど、水着だなんてぴったりした被服が身体に張り付いた状態では、その快楽も半減してしまうことを、フィンランド人も日本人も、みんな肌で知っています。
熱い蒸気やお湯が、何にも締め付けられない素肌に直に触れ、その熱が血流に乗って身体の隅々にまで沁みわたっていき、やがて体内に蓄積していた疲労感さえ湯気と一緒に昇華していくかのような、得も言えぬ心地よさ。この快感については、ほんとうに美味しいご飯をいただく瞬間のように、言葉巧みに説明する必要すらありません。あぁいい湯だな。フュヴァット・ロウリュット(いい蒸気だな)。喉よりずっと奥から出てくるこのシンプルな決まり文句こそが、その恒久の快を充分に代弁してくれているのです。
二.趣味やレジャーである前に、れっきとした生活習慣
サウナもお風呂も本来は、ある日思い立ったときに訪れる非日常な場ではありません。現代人にとって、毎日とまではいかなくとも、やはり一週間に何度かは身を沈めないと何か落ち着かない気分になってしまう、れっきとした生活習慣のひとつなのです。
汗を流して洗体するだけなら、いまならシャワーで事足りるはず。それなのに、たとえうだる暑さの夏日であっても、熱々の蒸気や湯船に自然と身体が向かう……。この不思議な衝動はきっと、サウナとお風呂がどちらも、わたしたちがご先祖様から受け継いできた、日々の暮らしの「習わし」であるからにほかならないのでしょう。
三.家族や赤の他人とも、堂々と裸のお付き合い
家族、友人、果ては見知らぬ人の前で堂々と脱衣して、同じ蒸気や湯を共有することも厭わないという価値観を、不思議がる外国人も少なくありません。もちろん昨今はどちらの国においても、公共秩序のために同性同士での入浴が基本です。ですがフィンランド・サウナではいまなお、家族親戚や男女混合のグループで同時に入浴することだってあります。
裸=やましい/恥ずかしい、という概念にとらわれず、初対面の人とでもボディラインを見せ合い、同じ蒸気や湯に浸かって、気持ちいいですねと声を掛け合える文化。お互いに背中を流し合ったり白樺の葉で叩き合ったりできる文化。それが現代においても続いているのは、両民族特有のヒューマニズムと、民度の高さの象徴と言えるかもしれません。
四.入浴タイムを楽しむためのアイテムやアイデアも充実
サウナもお風呂も、ここまで互いの日常生活に根付いているからこそ、入浴アイテムも種類豊富で、各民族のこだわりが存在します。例えば、サウナ室で昔から好んで使われる、香りの良い木製の桶と柄杓は、日本の風呂桶に瓜二つ!
湯船に溶かすだけでリラックス効果を高める入浴剤に対するのは、打ち水に数滴垂らしておけばロウリュとともに好みの香りが華やぐアロマ液。クールダウン中や湯上がりの一杯にも、それぞれに定番がありますね。日本人が伝統的にコーヒー牛乳なら、酒好きフィンランド人はよく似た形状の小瓶ビールを、無意識に腰に手を当ててグビッ。
そういえば、温泉や銭湯ではときどき日本酒風呂を見かけますが、フィンランド人も、打ち水代わりにちょっとだけビールを焼け石にかけて、香ばしい大人のロウリュを楽しんだりもするのですよ。
五.サウナもお風呂も、神聖な場所である
現代に生きるわたしたちはもうあまり意識することもないかもしれませんが、サウナもお風呂も古来、火と水という自然界の元素のエナジーに依拠した浄化行為であることから、必然的に神聖視されてきました。フィンランドの場合、つい戦前までは、出産や手術、屍の洗体もサウナ室内でおこなわれるのが一般的でした。また、サウナの中では性別や身分、宗教や出自などすべての肩書から解放されて万人が等しく快楽を享受するべきである、という究極の平等思想が継承され、これは今日でもしっかりと守られています。いっぽうの日本の入浴文化も、神道における沐浴や禊の慣習、あるいは仏教寺院への入浴施設の設置や施浴の実践に、その礎を見い出せます。湯灌も、まさにサウナ室での遺体の洗浄と対を成す慣習です。単なる生活空間の一部であるという以上に、土着信仰との密接な関係が保たれ、人びとの畏敬の念が宿る場であったからこそ、両入浴文化は今日もなお脈々と受け継がれているのでしょう。
サウナとお風呂に共通する、タイムレスな価値
フィンランド人のサウナ文化と日本人のお風呂文化の類似性に着目したのは、むろん筆者が最初ではありません。少なくとも一九九〇年代以降に二つ、この両入浴文化の比較をテーマにした特別展が、小規模ながらもヘルシンキと東京を巡回していた記録があります。
とりわけ興味深いのが、一九九七年に開催された「風呂FURO & SAUNAサウナ展」という巡回展。フィンランド側は国内のサウナ協会と建築協会のメンバーが、いっぽう日本側は現GKデザイングループの道具文化研究所のメンバーらが、企画運営に関わっていたようです。展覧会の実行委員長を務めたのは、生前日本とフィンランドのデザイン交流に献身し、フィンランド政府から勲章も受賞している、工業デザイナーの故・榮久庵憲司氏。キッコーマンの醤油ボトルをデザインした、あのお方です。
展覧会の内容は、両国の大学図書館数カ所に保管されている展覧会カタログから想像をめぐらすことしかできません。ですが開催趣旨はまさに、両国に根付く入浴文化の歴史と価値観の変遷を追いながら、その共通性や親和性を浮き彫りにしていく、というものであったようです。栄久庵氏も、「日芬沐浴比較観を楽しもう」と題した巻頭文を寄稿し、「……特に日本とフィンランドの沐浴観、風呂観とサウナ観には両国の精神文化面を比較するに極めて興味深いものがある。医療的にも、気分的にも、さらには宗教的にもその発展の歴史には両国文化の共通面がさまざまと観察され親しみもひとしお深い(注1)」と、相互交流の意義を主張します。
同カタログ内では、建築家であり道具学研究家の山口昌伴氏が、フィンランド人のサウナ文化と日本人のお風呂文化に共通した、歴史的(宗教的)意義に端を発する恒久的価値として、次の四単語を挙げています。
やすらぎ(心と体が緊張から解放される)
きよめ(心と体が浄化される)
いやし(心と体が患いから回復する)
たのしみ(心と体が楽しむ)
まさにこの四つの価値こそが、宗教性・神聖さが薄れてきた現代においてもなお、両民族がわが身をもって知り、継承している、日々の暮らしにサウナやお風呂を必要とし続ける理由そのものではないでしょうか。そして、このまったく同じ価値に裏付けられた入浴文化を背景に持つ民族同士だからこそ、街づくりという現代的なフィールドにおいても、互いに学び合える事象があるのではないでしょうか。
次章より、いよいよ本題の「公衆サウナ論」が始まります。日本人に馴染みのあるテーマとはいい難いですが、鍵になるのはやはり、わたしたちが、どこまで自国の入浴文化やその現状の諸問題に引きつけて、共感や批評、そして応用の可能性を模索できるかということです。ぜひとも、ここまで紹介してきたフィンランド人のサウナ観、とりわけ最後の四つの共通価値のことを記憶に留めながら、「いま、なぜ公衆サウナなのか?」という問いへの答えを、一緒に探ってくださればと思います。
※注1 Laaksonen, Esa, Ekuan, Kenji, Yamaguchi, Masatomo, ym. 風呂 FURO & SAUNA サウナ – japanilaisen kylvyn ja suomalaisen saunan yhteisnayttely Suomen Arkkitehtiliitto & Arkkitehti – lehti, 1997
序章のプレ公開はここまでです。
2回にわたりお読みいただき、どうもありがとうございました!
この本を通して解き明かしたいことはただひとつ、「現代のフィンランド人の自宅にはサウナがあるにも関わらず、いま、なぜ公衆サウナが再び盛り上がっているのか?」という謎です。ユブネの国の私たちがその謎に迫ることで、ロウリュの国の入浴文化に詳しくなれるだけでなく、日本の街にある銭湯や入浴施設もどれだけ魅力的な場所か、あるいはどうやったら日本の銭湯文化をもっと盛り上げていけるか、きっとヒントが見つかるはずです。
さらに本の中では、サウナの話だけでなく、フィンランドに暮らす日本人の視点や経験から、「幸福度の高い国」で知られるフィンランドの人や社会のリアルなエピソードも、たくさん盛り込んであります。現時点でサウナにまったく興味がない人でも、きっと楽しく読んでいただけると思いますので、この年末年始はぜひ、こたつの中でこの本を読んでから、あなたの街のサウナ施設やお風呂屋さんに足を運んでみてくださいね!
書籍情報
公衆サウナの国フィンランド
ー 街と人をあたためる、古くて新しいサードプレイス
フィンランド版銭湯に学ぶ!
街から消えゆく公衆浴場を、現代人の居場所に変えるヒント
日本で急速にサウナ熱が高まっている昨今、実はサウナの本場フィンランドでも、空前の公衆サウナ・ブームが街を席巻中!つい10年前までは閑古鳥が鳴いていた「フィンランド版銭湯」が、いまなぜこんなにも盛り上がっているのか…?
前世紀の栄枯盛衰ヒストリーから、斬新なアイデアと熱意で街にサウナを呼び戻した今日のリーダーたちのドキュメントまで。現地在住の日本人サウナ文化研究家が、現代人の居場所となった公衆浴場のリアルな姿を届ける一冊です。頁数:160頁(うち32頁カラー)
定価:2000円+税
発刊予定: 2019年1月
著:こばやしあやな/サウナ文化研究家
書籍イメージ