SPA:BLIC 赤坂湯屋
カプセルホテル - 東京都 港区
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“君と夏の終わり 将来の夢 大きな希望 忘れない 十年後の八月も また出逢えると信じて 最高の 思い出を”
ご覧になっている方にも思い当たる思い出があるでしょう。拙者にもある。
忍術学園五年は組に進級した拙者たちにも、陰毛生えたる忍たまがちらほら。金玉袋に毛が生えたる猛者ともあらば、上忍の先輩方と何やらよく分からぬ話をぺちゃりくちゃり。
拙者はまだ、つるりつるり、の時分。
父上の通いし、筋肉増強訓練所の同期である青木殿には拙者の一つと三つ下の娘子がおった。拙者とは違う忍術学園であった故、年に2,3回、会うほどの近からず遠からずの間柄。
青木殿と父上はお互いの趣味である“滑雪”に共に行こうではないかと意気投合し、両家にて小旅行に参ることに。(石打丸山滑雪場であった。)
一通り滑り終え、宿へ戻れば暖かし“石油ストーヴ”。独特な香りに印象強く記憶に残っている。
青木殿の長女はヨシノといった。ヨシノは控えめでお淑やかな性格で、顔立ちは優しく、拙者は彼女を一瞬で守りたくなった。
ようやく2人がけのリフトに乗れた。
会話はない。天候は吹雪、寒く、視界は悪い。
歳が一つ上な拙僧から、
“大丈夫か”
“うん、大丈夫”
この会話をするために振り絞った勇気は、齢四つの頃、忍術学園に入るために行われたナマハゲかくれんぼの時と同等の勇気であった。
この時拙者の最高の“かっこいい”は、月9俳優キムタ・ク蔵のような寡黙さであると認識していため、隙あらば“チョマテヨ”体制は整っていた。
リフトを降り、吹雪く景色に生唾を呑み、滑走開始したも束の間、じわじわと顔が霜焼けてくる。その辛さに拙者、何と号泣してしまったのだ。ヨシノもその様子を見ていたはず。拙者は父上に「もう滑りたくなぁい!!」などと駄々をこねまくり、コシのあるうどんが出来上がる頃、気づいた頃には下山していた。
「よく頑張って滑り終えたじゃねえか」
父上に褒められながらも、拙者の心中はヨシノ一色であった。
“なっさけない男ね〜”
惣流・アスカ・ラングレーよろしく何でもはっきり言うくノ一ならばまだ良かったが、ヨシノはどちらかといえば、“こういうときどういう顔したらいいかわからないの”と胸中思う女なのだ。
ヨシノはおれのことどう思っているんだろう。
ハッと目を開けると、僕は赤坂スパブリックのととのい椅子に腰掛けていた。
赤坂スパブリックはこういう体験のできる素晴らしいサウナです。(マジレポは後日します)
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