杉乃井ホテル
ホテル・旅館 - 大分県 別府市
ホテル・旅館 - 大分県 別府市
拙者、今宵は杉の井の宿に月見に参った。
豊後での任を終え、奉行への文をしたためた後、江戸への帰途につくまで暫しの暇を頂く。
げに六年ばかり前にこの宿に参る事ありき。されども即ち岩室の物を忘れけり。
此度は岩室より別府湾に浮かぶ名月を眺めようと参りけり。世に岩室は数あれど、遥か雲上より月見ゆる南蛮岩室は無かりけり。
宿に着きて打ち驚くのは万屋店「辰一刻巳二刻」。依然無かりしば、購買の便甚だし事を思う。宿売店ばかしは今昔変わらず。
さて、嬉しく思うは国の「碁投旅行幣」が使うべし。
入湯銭が無料となれば使ふる他無し。
棚湯は見事。湯釜の淵が空と溶け、夢想の心地せり。
南蛮岩室は天晴れ。窓が気色を縁取りて港を映す。
橙のごとし月が湾と湯釜の水面に移りて実に目出度。いと映えなり。映えなり。江戸の月を思うが、そはいと汚し。映えに能わず。
温度緩けれども湿度有りて六分で出るに至る。心の臓に優しき岩室なり。六根清浄六根清浄。
戸の前に御人居りて人の出入りを数ふる。いみじけれども仕方なし。
池の水は天然水。げにまろけき事なれども冷ややかなり。 摂氏十七なり。
一分程浸かり棚湯に腰を下ろさむ。月見ゆれば既に高く上がりけり。餅などは無かりしも、月見湯を味わいけり。天晴れ幽玄ここに極まれり。
しかして童多き所なれば煩し事は仕方無し。
なお、その後安宿へ戻る伝を請ひしも、籠などは無かりけり。力車を呼びて戻る折、銭千ほど使ひけり。あな口惜し。
男
コメントすることができます
すでに会員の方はこちら